女性誌『anan』(マガジンハウス)で連載されていたエッセイを読んでみたのをきっかけに手に取ってみた『村上ラヂオ』は、それまでの作風とは全く違った印象の、何だかほっこりする「癒し系」エッセイでした。
小説とまったく違う印象のエッセイ
私が村上春樹の作品を初めて読んだのは、学生時代に一大ブームとなり、クラスメートから回ってきたときに読んだ『ノルウェイの森』でした。赤と緑の分厚い上下巻という、かなりインパクトのある外見でしたが、その割には内容が当時の私にはあまり刺さらず、以来「村上作品は苦手」という印象を持ち、縁がありませんでした。その後かなりの年月が経ち、『anan』に連載されていたエッセイをたまたま読んでみたら、これが面白くてとても共感できるものでした。確か、「締め切りを守らないのが大作家たるものといった世の中の風潮に一言申したい」といったような内容だったかと思います。
村上春樹さんは多くの作家と違い、締め切りをきっちりと守るタイプだそうで、それがどこか「大作家っぽくない」と言われるそうで、そこに納得がいかないようでした。
私が読んだ村上作品のイメージを覆す内容で、しかもオリジナリティ溢れる視点による鋭い指摘もあり、さらにほかのエッセイも読んでみたくなりました。
普段の何気ない出来事や思ったことを鋭く、ユーモラスに描写
時にはとってもくだらないことをまるで一大事のように語られていたり、多少の下ネタが入っていたり。ところどころに「クスッ」と笑ってしまうユーモアがちりばめられているのも、このエッセイの魅力です。また、「こういうのっておかしくない?」といった問題提起であったり、「こういうときってしんみりしちゃうんだよね」と、センチメンタルになったりと、読んでいる自分も一緒になって考えさせられたり思いを馳せたりすることで、心が揺さぶられたりもします。もちろん、「へぇー、そうなんだ!」と、知らなかったことが知識となって得られたりすることも。
第一巻より、好きなエッセイをいくつか抜粋すると……、
「柿ピー問題の根は深い」では、筆者の並々ならぬ柿ピーに対するこだわりが語られており、柿ピー大好きな私にとっては共感しまくりでした。
また「きんぷらミュージック」では、村上春樹さんがレッチリ好きなことを知り、とても親近感が湧きました。
「これでいいや」は、等身大の自分を受け入れることをとてもユーモラスに、そして論理的に教えてくれます。
さすが大作家というだけあり、何気ないことを語るのにも、言葉のチョイスや文章の組み立てが完璧で、思わず納得させられてしまいます。それでいて押しつけがましくなく、笑いをちりばめながら語られているので、すんなりと心に入ってくるのです。
大橋歩さんの版画挿絵がぴったり
表紙を含めたすべてのエッセイに添えられている大橋歩さんによる版画の挿絵も、シンプルな作風が本の内容とシンクロしていて、イマジネーションを大いに膨らませてくれます。好き嫌いのないビジュアルも相まって、しかも文庫なら小さくて場所もとらないので、読書好きな人には事あるごとにプレゼントしています。好評につき2、3とシリーズ化していますが、同じような内容がたまに見受けられるのはご愛敬。小説の村上作品があまり好きではない人でも、気負いなくさらっと読めるエッセイです。
DATA
新潮社┃村上春樹『村上ラヂオ』
著者:村上春樹
発売:2003年7月