八ッ場ダムの"今"や周辺温泉地、名物グルメを徹底調査
群馬には間もなく誕生する新しいダム 「八ッ場 (やんば) ダム」 があります。最近では、この八ッ場ダムの建設現場の他にも、首都圏にある排水施設や地下放水路などを間近で見学できる珍しいインフラツアーが話題。
今回は そんな最新インフラ施設として注目される八ッ場ダムの現状や、ダム建設により移転先で新たなスタートを切った温泉地、そして群馬の人気ダムグルメなどを詳しく紹介します。
着工まで半世紀以上! 八ッ場ダム、完成までの長い道のり
群馬県北西部の山あいに “八ッ場” と書いて “やんば” と呼ばれる地域があります。大変珍しいこの地名の由来は、狩りをする場所に八つの落とし穴を仕掛けた手法からきているという説や、谷間などに獲物を追いこんで仕留める場所である矢場 (やば) からきているという説、また川の流れが急であることから谷場(やば) が転じたという説など諸説あるようです。また、地元の人は “やっぱ” とも呼んでいたと聞きました。そして、この地域が名前の珍しさだけでなく、全国的に注目されるようになったきっかけが 「八ッ場ダム」 の建設でした。なぜ八ッ場ダムがそこまで注目されたかというと、計画から工事着工まで半世紀以上の時間が必要となる難題があったからです。
八ッ場ダムの建設が計画されたきっかけは、戦後間もない昭和22年までさかのぼります。当時、カスリーン台風で大きな被害を受けた事例から、利根川上流にダムを築いて洪水から人々の生活を守ろうとする治水事業の計画が持ち上がりました。今後は首都圏の人口が増えることで水の使用量も増えていくことが予想されており、それを支えるための水資源開発も大きな目的だったのです。
しかし、いざ具体的な調査を進めていくと、水源となる吾妻川 (あがつまがわ) が強い酸性の水質だということが発覚。この近辺には、強酸性の温泉である草津温泉があることでも知られています。そのため、川の上流に酸性水を中和する工場がつくられ、水が利用可能となった昭和38年まで調査も中断してしまいました。
その後、調査が再開されますが、水源地としてダム建設が予定された長野原町 (ながのはらまち) には、人々の生活だけでなく、有名な景勝地でもある吾妻渓谷 (あがつまけいこく) や、開湯800年の歴史を持つ川原湯 (かわらゆ) 温泉などの観光地がありました。
先祖代々の土地が水に沈み、故郷を失う悲しみや不安などから住民の反発も大きく、計画を進めるまでに多くの時間を必要とする工事だったのです。景観を守り、水没する五つの地区を再建させるために考えられた対策計画が受け入れられ、工事が着工されるまでに半世紀。多くの時間をかけてダム建設は少しずつ前進してきました。
ダムに沈む温泉街・川原湯温泉のその後
水没する地区にある旧川原湯温泉は800年の歴史を持つ名湯です。そこに暮らす17軒の旅館や商店全てが水没するということは大変な衝撃を地元にもたらしましたが、再建計画のもとに温泉街は数年前に高台の代替地へ移転しています。もともとあった風情ある温泉街は、2016年までは建物なども残っており、最後の姿を見ることも可能でしたが、今は工事車両が出入りする立ち入り制限区域となっています。
川原湯温泉を見守ってきた温泉神社も、新たな場所へ移転となりました。もともと、この神社は旧川原湯温泉の温泉街を上りきった高台にあり、ダム完成時には満水となる湖面より高い位置ですが、新しい町道建設予定地となっているため、別の場所への移転が必要でした。新しい神社は、もとの場所より少し坂を上った高台にあり、ご神体もそこへ移されています。
源頼朝が温泉を発見してから800年の歴史を刻んできた川原湯温泉。風情ある姿で親しまれてきた共同浴場の王湯も、平成26年(2014年)6月末で惜しまれながらも閉館となり、翌7月からは少し高台の新天地へ引っ越しました。
旧王湯には、源頼朝にちなみ源氏の家紋でもある笹りんどうのマークが見られましたが、新しい王湯にも同じマークが掲げられていました。この王湯は、毎年1月20日に行われる奇祭 「湯かけ祭り」 の会場にもなる場所です。早朝5時から男性がフンドシひとつでお湯を掛け合う姿は圧巻で、極寒の時期に行われる名物行事にもなっています。
八ッ場ダム計画の特徴のひとつが “現地再建方式” で、ダム建設により移転を余儀なくされた住民の方々や旅館の関係者などが、高台の代替地に移り生活を続けていけるようにするものです。
何もない山の斜面を切り開いて平地を作る工事はダム本体の工事よりも難しく時間もかかったそうですが、この計画に沿って共同浴場の王湯のほか、旅館や飲食店なども揃い、新天地で新たなスタートを切っています。
川原湯温泉はリウマチや関節痛に効き、入浴後に関節を動かす事がとても良いとされているそうです。このため、新しい温泉街のコンセプトも “景色を見ながらブラブラ歩く温泉街” となっています。温泉街には公営の駐車場が二か所あり、そこから街全体を散策してもらえるようになっています。
八ッ場ダムが完成する2020年には、旧温泉街のあった場所は完全に水の下に沈みますが、新しい温泉街も始動し始め、伝統行事である 「湯かけ祭り」 などは、これからも新天地で受け継がれていきます。
誕生前のダムが見られる、現場観光ツアーに潜入!
国土交通省関東地方整備局八ッ場ダム工事事務所は、八ッ場ダム観光の無料見学ツアー 「やんばツアーズ」を行っています。個人向けと団体向けのツアーがあるほか、土日限定のツアー 「ぷらっとやんば」 も好評で、実施期間が延長されました。集合場所となっている道の駅 八ッ場ふるさと館のインフォメーションで事前の申し込みを済ませ、マイクロバスで関係箇所をまわって見学をする2時間ほどのツアーです。取材に行った日も案内役の “やんばコンシェルジュ” の解説付きでマイクロバスに乗り込み、ダム工事の様子がわかる 「なるほど! やんば資料館」 を見学後、ダムの建設現場へ向かいました。
ヘルメットをかぶり、駐車場から歩くこと数分で、ダムの工事現場が間近に見られる高台へ到着します。
八ッ場ダムは重力式コンクリートダムと呼ばれる形で、コンクリートの重さで水を支える仕組みです。縦に切った形が直角三角形に近く、写真に見える青い線はダム完成時の形を表しています。ダムの高さは33階建てのビル、長さは12両編成の新幹線とほぼ同じだそう。
また、ダムに貯水できる水の量は1億750万立方メートル (東京ドーム約87杯分) に相当します。現在(2017年10月)はダムの三分の一ほどが完成していました。
八ッ場ダムの建設により、JR吾妻線の一部区間も新たなルートとなっています。上越線の渋川駅から終点の大前駅までを結ぶ区間の、岩島駅から川原湯温泉駅、長野原草津口駅間の約10キロが新たなルートとなっています。
すでに列車が通らなくなった線路は、コンクリートの原材料を工事現場まで運ぶパイプラインのルートとして活用されていました。写真からも鉄橋の上をパイプが通る様子がわかります。
ダムの工事現場から西の方に見える八ッ場大橋を見ると、欄干に赤と青の印がついているのがわかります。赤いラインは完成時のダムの高さ、そして青いラインは水が満水になったときの高さを表しています。まだ完成前のダムですが、このラインがあることで “水の高さがここまで来るのか” と実感します。
秋から冬にかけてのツアーでは、紅葉やクリスマスなどに関連した企画もあり、吾妻の四季折々の風景も楽しめる内容となっています。
すでに完成したダムを見に行くことはあっても、完成前のダムを間近で見る機会はなかなかありません。この 「やんばツアーズ」 は、まさに “今しか見ることができないツアー” でもあるわけです。
ダムの街のご当地グルメ 「ダムカレー」の誕生秘話?
ダム見学ツアーの集合場所になっているのが 「道の駅 八ッ場ふるさと館」 です。大規模駐車場や電気自動車の充電ポイントのほか、無料の足湯なども完備されており、館内で販売されている地元のとれたて野菜や手作りパンなども大人気。
観光案内所も兼ねていることから、周辺観光に役立つパンフレットも充実しています。また、ゆっくり散策を楽しみたい人向けにレンタサイクルの貸し出しも行っています。
道の駅で食べられるご当地グルメが 「八ッ場ダムカレー」 です。首都圏の水がめでもある群馬は “ダム銀座” とも呼ばれるほどダムが多く、各地にダムの街がつくるご当地ダムカレーがあるのも特徴です。
北部にあるみなかみ町には型式の違うダムが五つもあることから、特徴のある三種類のダムの形が採用されたダムカレーがあります。その特徴は、ご飯でそれぞれのダムの形を表現してカレールーを堰き止めるタイプのもので、加盟飲食店ごとにそれぞれ特徴があります。
そのほか、からあげやサラダ、玉こんにゃくなどがふんだんに添えられた南部にある藤岡市の下久保ダムカレーや、東部にあるみどり市のサンレイク草木で食べられる草木湖ダムカレーなども群馬に来たら味わってもらいたい地元ダムグルメです。
八ッ場ふるさと館のダムカレーは、カレールーとライスの仕切りがダムの模型になっています。ご飯でダムの形を表現しているところが多かったため、八ッ場ではダムの設計図をもとに完成した形をレプリカでつくり、仕切りとしてお皿の中央に置いたらどうかとなったそうです。まだ完成前のダムが、ひと足早くお皿の中で見られるという粋なアイデアでした。また、自宅でもダムカレーを楽しめるよう、この専用皿は道の駅でも販売されています。
カレーをひと口食べると、野菜のうまみが浸みこんだ味が口いっぱいに広がります。そして何といっても具材の中に舞茸が入っていることが大きな特徴。風味の良い舞茸がカレーのコクをより深くしているほか、食べた時のシャキシャキとした食感がたまりません! また、ピリ辛味がより食欲をそそる感じです。
八ッ場ふるさと館の篠原茂社長によると、ダムの完成まで紆余曲折あった経緯をカレーの辛い味で表現しているとか。美味しい地元の素材に、ちょっとした遊び心もスパイスとして加えているほか、篠原社長は「あくまでジョークですが……」と前置きしたうえで、ダムカレーの公認食べ方作法を教えてくれました。
「食べる前に正しく施工されているか確認する」、 「ダム下流のお米はカレーに浸して食べる(カレーをご飯にかけるのはご法度)」、 「美しい完食は下流ライス部分がカレーに浸水(決壊)されずに美しいことです」 など、ユニークな公認の食べ方が紹介されており、ビジュアルも作法も八ッ場オリジナルのカレーでした。
ダムグルメはカレーだけではありませんでした。道の駅のパン工房では、スパイスの効いたカレーに、ポテトサラダやチーズがのった 「八ッ場ダムカレーぱん」 が好評で、一日300個焼いても売り切れてしまう人気商品だそうです。
このほかにも、パン売り場責任者の中村さんおすすめのパンを伺ったところ、地元特産の花豆を使った 「花豆ホイップあんぱん」 や、インスタ映えしそうな 「まゆ丸パン」 などが人気だとか。 「まゆ丸パン」 は、道の駅の裏に見える丸岩をモチーフに、群馬で盛んだった養蚕を象徴する白い繭 (まゆ丸) がちょこんと乗ったかわいいパン。パンの中には北海道産のメロンクリームが入っています。
また、「そ~だんべえ (そうだよね) 」 や 「 ま~ず (本当に) 」 など、群馬の方言が書かれたプリンタルトもお土産におすすめの一品です。
3年後には確実に変わっていく景色や、これから出来つつある新しいダムの姿など、八ッ場地区は “今見ておきたい” 要素が多いスポット。群馬県が助成している観光と宿泊の割引プランなども利用して、これからの紅葉の季節にお得で貴重な体験ができるインフラ旅もおすすめです。