母を見捨てられない
母娘の距離感
「恋愛がうまくいかない」と嘆く女性たちの中には、「母親に恋愛を阻害される」と言う人も少なくない。母はさびしいから自分の恋愛を邪魔するのだとわかっていても、娘たちは母を振り切ったり見捨てたりできないのだ。そのあたりの女性たちの葛藤を探ってみた。
自分の意志ではなく、母の思い通りだった
仲良し母娘だと思っていたけれど……。
「私の場合、小さいときから巧妙なやり方で母にコントロールされてきたんです。たとえば、小学校のころ、母の意に染まない友だちと遊んでいると帰ってから、『あの子はいい子だけどねえ、いろいろ噂があるわね。お母さんはいいのよ、誰と友だちになるかはあなたが決めることだから』と言うわけです。年端もいかない子どもだから、母に望まれないことはしたくない、そう思うでしょ。そうやって、私が選択したかのように思わせながら、私を自分の思うままにコントロールしてきたんですね。ただ、それに気づいたのは数年前です」
キヨエさん(34歳)は、苦い表情でそう話してくれた。自分の意志で大学を選び、学部を選び、会社を選んできたつもりだった。
だが、就職した会社で同僚と恋に落ちたとき、母は言ったのだ。
「社内恋愛? お母さんはいいけど、今どきちょっと古くない? それに会社というところで恋愛している新人社員に、いい仕事を回してくれるとは思えないわね」
自分の道は自分で切り開け、思い切り生きなさいと言いながら、恋愛となると理由にならない理由で不快感を表す母に、キヨエさんは不信感を抱く。
「ちょっと遅く帰ると、『こんな時間に送っても来ない男とつきあってるの? それ、一般常識からみてどうかしらね』と嫌みを言う。『あなたがいいなら、お母さんはいいけどね』が口癖。でも結局、私が母に逆らえないとわかっているから言えるんですよね」
恋人と別れると、母は急に優しくなった
自分は本当に自分の人生を生きているのだろうか。キヨエさんは迷路に入ってしまった。悩んでも考えても答えは出ない。そのうち、仕事をするのがつらくなっていった。もちろん、彼に会うことさえも。それでも母の期待に応えようとがんばって入った一流企業である。おいそれと辞めるとは言えない。
「彼と別れ、仕事に邁進しました。別れる理由を彼にも言えなかった。だって別れたいわけではないんですから。ただ、別れなくてはいけないような気持ちになっただけ。それも母親のせいで」
彼と別れたと聞くと、母親は急に優しくなった。休日には彼女をショッピングに誘い、高額な洋服を買ってくれた。
「そのとき、『これからのあなたの素敵な人生を祝してプレゼントよ』と母が言ったんです。ああ、この人は私が恋愛に目がくらんで自分がひとりになることを怖れているんだと、そのとき初めてわかった。そこから彼女が私をずっと支配しようとしてきたこともわかりました」
彼女が小さいころから、父母の仲は冷戦状態だった。両親が楽しそうに話しているところを見たことがない。7歳年上の兄は就職を機に海外へと渡った。それからますます母親のコントロールが激しくなっていったとキヨエさんは分析する。
うんざりしているのに離れられない
それがわかっても、彼女は母親から離れることができなかった。「ときどき、鬱陶しくなって邪険にしてしまうんです。そうすると母は目に涙をためて、『私はあなたのためだけに生きているのに』って……。
友だちは家を出たほうがいいと言います。物理的に距離を置けば、少しずつ精神的にも離れられるからって。だけど私が家を出たら、母は本当に孤独になる。強そうに見えて脆いから、ひょっとしたら自殺もしかねない。それも母のコントロールのひとつで、そう思わされているだけかもしれないけど」
鬱陶しい、家に帰りたくないときもあるほどうんざりしている。それなのに離れられないのは、精神的に非常にきついだろう。
「母を見捨てるような人間になりたくないという気持ちもあります。いい子でいたい願望なのかもしれない。だけどこのままだと私の精神状態も危うい。そしてそれは永久に母にはわかってもらないと思うんです。どうしたらいいんだろう。考えても考えてもわからないんですよね」
仕事をしているときだけがすべてを忘れられるのだと彼女は言う。がんばったかいがあって、同期の中ではいちはやく課長補佐に出世した。
だがあれ以来、いいなと思う男性がいても恋愛には発展しない。
「私が恋愛も結婚もせず、このまま年をとっていったら母はどういう態度に出るんだろうとときどき思います。自分から変わっていかなければ事態は変わらないとわかっているけど、今は仕事に逃げているんです」
彼女はすべてわかっているのだ。わかっているが行動に移せない。自分が行動することで、母がどれほど嘆き悲しむかが想像できるから。
「さびしい母」より、彼女はすでに大人になっている。だが、母を憐れんで包み込むほど、母の力は衰えていないのだ。そして、彼女自身、母のコントロールを振り切るきっかけがないのかもしれない。