なぜ、住まいづくりに高齢者対応が必要なのか
まず、超高齢化社会と住まいや暮らしをテーマにして記事を書くことについてご説明します。このことは、若い世代の方々にはピンとこないかもしれませんが、確実に皆さんに関連することです。誰もが年を取り、肉体的に衰えていきますから。ですから、現在のニーズ、例えば子育てがしやすいといったことだけではなく、将来のこと、自分たちの足腰が弱くなった時に住みよい住まいであるか、ということにまで、皆さんに住まいづくりにあたって意識、検討していただきたい、と思うのです。
また、皆さんや配偶者のご両親が今はお元気でも、近い将来、介護などが必要になるかのしれません。ただ、そうなってからだと対応が難しいのが事実。今のうちに、あるいはできるだけ早くからその対策となる情報や知識を得ておくべき、ということもこの記事の中で申し上げたいことです。
私は今46歳ですが、73歳の母が福岡市で一人で住んでいます。今は元気ですが、いつ介護が必要になるかなど心配の種は尽きません。要するに、超高齢化社会における住まい・暮らしのことは、誰にでも無縁ではないということなのです。
さて最近、私にはこのテーマについて深く考える機会がありました。それは、旭化成ホームズ(ヘーベルハウス)の「くらしノベーション研究所」が主催する「くらしノベーションフォーラム」に出席し、東京大学高齢総合社会研究機構の飯島勝也教授による「フレイル予防とは!? 暮らしの中での三つの原点」という講演を聞いたことでした。
健康寿命を延ばす「フレイル予防」
旭化成ホームズのくらしのべーション研究所は、二世帯居住や共働きなど暮らしに関する研究を行ってます。そして、その研究成果の発表や、住まいや暮らしに関する専門家のお話を、私たちマスコミに公開しているのです。以前のフォーラムの内容についてはこちらをご覧ください。話を講演のことに戻すと、「フレイル」とは「虚弱」という意味で、飯島教授はフレイル予防をするために「フレイル・チェック」、さらには「フレイル予防ハンドブック」などを制作するなど、その分野の第一人者です。
ここではその詳しい説明は割愛しますが、フレイル予防が目指すものは、高齢者ができるだけ長く健康に暮らせる期間である「健康寿命」を伸ばすことです。では、なぜ健康寿命を延ばすことが必要なのでしょうか。
それは高齢者の要介護期を短縮することが期待でき、医療や介護などに必要な人やモノ、お金の負担を軽減することにつながるからです。国単位でも家族の単位でも高齢者への対応が難しくなっており、その状況を改善するという狙いがあるわけです。
フレイル予防は、例えば、「指輪っかテスト」という、両手の親指と人差し指を使い、ふくらはぎを囲むだけで誰でも簡単にチェックできる手法が取り入れられており、それにより衰えの状況を早期に知り、改善のための取り組みをしやすくするものです。
しかも、医療関係者などではなく、市民が主体となって取り組めるものとなっているといいます。飯島教授らはこれを地域づくりの一環と位置づけており、このため住まいや暮らしの分野と強い関連性があるわけです。
では、以上をご理解いただいた上で、ここからハウスメーカーなど住まいに関わる事業者による高齢者対応、中でも健康寿命を延ばすための最近、積極的に取り入れられるようになってきた提案や工夫を紹介します。
バリアフリーだけじゃない! 住まいの高齢者対応
車イスに対応したダイニング。奥の和室は一段高くなっているが、これくらいの高さだと段差が認識されやすくバリアフリー性を損なわない。腰掛けた状態から立ち上がれるため、逆に高齢者には好ましい(クリックすると拡大します)
現在では建物の内部に関しては新築住宅では当たり前の仕様となっていますが、これをさらに深掘りすることもできます。建物だけでなく、玄関などの外回りもスロープなどを設置しバリアフリー化を図るものです。
加えて、寝室などに行き来する動線となる階段にも安全性の工夫を加えることも大切。若いうちは急な階段でも大丈夫でしょうが、高齢になり足腰が弱くなると、毎日の階段の上り下りすら大変になります。
階段は転倒事故が発生しやすい場所で、それは高齢者にとっては健康寿命を縮める契機になりやすいという側面もあります。ですから、傾斜が緩やかで踏み板の大きさが十分にあり、踊り場とする、さらには手すりも握りやすい形状のものを採用するのも有効です。
バリアフリーと可変性を組み合わせる手法もあります。例えば、リビングの隣に和室を配置し、そこを将来の介護の場所にするという設計もありえます。スロープによる外部も含めたバリアフリー化がされていれば、より介護への対応がしやすい空間になるはずです。
温度差が少ない居住空間づくり、いわゆる温熱環境のバリアフリーも、高齢者の健康を維持するのに大切な要素です。断熱性が低い住宅の場合、冬の寒い時期にはリビングなど暖かい場所と、脱衣所やトイレなどの寒い場所の温度差が大きくなります。
その際に失神や心筋梗塞、脳梗塞などの原因となるヒートショックの発症が懸念されます。ですが、特に冬期に部屋の間の温度差が少なくなる断熱性の高い住まい、できれば全館空調も採用しておけばそのリスクが減らせます。これらは住まいの分野においてできるフレイル予防です。
現実的には難しい「最期を我が家で迎えたい」
フレイル予防には大きく食事と運動、さらに社会性という大きな三つの要素があります。このうち社会性という部分でも住まいの分野では改善できるポイントがあります。例えば、地域の人たちや友人と交流しやすくすることで、社会性を失いづらい住環境にできます。上の写真はその実例の一つ。玄関ホールと隣接して和室が配置されており、和室内はもちろんですが、玄関から続く土間スペースの窓際にもベンチがあります。これだと人を招きやすくなるように設えらたもので、ご近所の方々との井戸端会議もしやすいはずです。
このような住まいであれば引きこもり、独居になりにくい暮らしをしやすいというわけです。さらに、住まい手はもちろん、地域の方々の体の衰えや痴呆症の初期症状が、そこに集まる高齢者の中で把握しやすくなりますから、安心感もあります。
ところで、高齢者の方々の多くが「最期を我が家で迎えたい」と考えているそうです。しかしながら、その思いを実現できている方々はほんのわずかだとも言われています。それは、これまでの「我が家」がその思いに応えられない造りになっているからです。
ですから今、国は高齢者にとって住みやすい住まいの確保に大変力を入れており、そのうちの一つが賃貸住宅の高齢者版というべきサービス付き高齢者住宅です。ハウスメーカーもその供給の有力な担い手となっています。
前述した設計や間取りなどの工夫に加えて、食事の提供や健康管理、見守りなどのサービスが提供されます。これらにより、アクティブシニアと呼ばれる元気な高齢者に、より健康に暮らしてもらえるようにするのが狙いとなっています。
ハウスメーカーではこのほかに、より介護サービスが行き届いた有料老人ホームの建設などにも力を入れています。ただ、いずれにせよそれらの絶対量は現在、超高齢化社会を迎えるにあたって足りない状況ですし、所得の問題などで全ての方々が利用できるものでもありません。
ですから、少なくともこれから建てられる、あるいはリフォームする住宅を高齢者に優しい仕様とすることで、「最期まで」とはいいませんが、少なくとも彼らが自宅で過ごせる時間を増やすことができるはず。また家族や国の負担を減らせるという意味でも今後、より重要になっていくはずです。