亀山早苗の恋愛コラム/連載:アラフォーの“傷跡”

38歳女性の孤独――亡き母の言葉がトラウマに

【連載:アラフォーの“傷跡”。大人になっても生きづらい私たち】母にひどい言葉をぶつけられ続けた、娘の思い。あげく母は行方不明になり、見知らぬ土地で亡くなっていた。トラウマから脱却できない彼女が、今思うこととは――?

亀山 早苗

執筆者:亀山 早苗

恋愛ガイド

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アラフォーの“傷跡”。大人になっても生きづらい私たち 第1回

大人になっても行きづらい私たち、連載第一回。

大人になっても生きづらい私たち、連載第一回。

――アラフォー世代の女性たちが背負ってきた人生や悩みを話してもらう連載企画。長年、男女関係の取材を重ねてきたガイド亀山早苗が彼女らに寄り添いながら話を聞く。

親からの言葉がトラウマになっている子どもは少なくない。親は無造作に言葉を投げつけることがあるからだ。だが、大人になってそれを指摘しても、親はたいていの場合、覚えていない。

通常は成長するにつれ、親と言い争いをしたり、反抗したりして、そういう傷を癒やしていくのかもしれない。あるいは、自分が大人になることで、「うっかり投げつけてしまった言葉に、たいした意味はない」と悟ることもあるだろう。

しかし、サトコさん(38歳)の場合は、そのトラウマを癒やす術がない。母が亡くなっているからだ。そして、母親にすり込まれた言葉は、いまも彼女の心に暗い影を落としている。

「おまえはバカだ」と言われ続ける、言葉の暴力

母は私を妊娠したとき、私が生まれたとき、どう思ったのだろうかと想いを馳せる。

母は私が生まれたとき、どう思ったのだろうかと想いを馳せ続ける。

――サトコさんのお母さんって、どういう人だったんですか?

サトコ:ものすごく気分にムラのある人でしたね。落ち込んでいると、部屋に閉じこもって朝食も作ってくれないんですよ。

――そういうときはどうするんですか?

サトコ:父が朝食を作ってくれていました。ただ、父は会社員でしたから、そう早くは帰宅できない。父が置いていってくれたお金でパンを買って、弟とふたりで夕食代わりに食べたり。

――お母さんは気分がいいと料理を作ってくれたりした?

サトコ:ええ。やたらと凝った料理で、子ども向けではなかったけど。ただ、気分がいいときは妙に高揚しているのか、私たちにもいろいろなことを言うんです。それがほとんど悪口。私には「おまえはバカなんだから」っていつも言ってた。物心ついたときから言われているからすり込まれていますね。

――どうしてそういうことを言うのかしら。

サトコ:子どもを傷つけて何が楽しかったんだろうって、今になると私も思います。「おまえはバカなんだから」は定番で、あとは「おまえみたいなブスは、誰とも結婚できない」「どうしておまえみたいな子を産んでしまったんだろう」とも言っていましたね。

――ひどいですね。

サトコ:父が気を遣って、「お母さんは病気だからああいうことを言うんだよ」と陰でフォローしてくれたけど、子どもにとっては、きついですよね。

――弟さんもひどいことを言われ続けていたんですか?

サトコ:気分がいいときは、弟のことはかわいがってましたね。それだけに、どうして私ばかりにきついことを言うのか、小学生のころは不思議に思っていました。

中学のときは母親から逃げていた……家庭内の状況

ニコニコしたお母さん、「ふつうの家庭」の団欒が羨ましいというよりは、場違いに思った。

ニコニコしたお母さん、「ふつうの家庭」の団らんが羨ましいというよりは、場違いに思った。

――お母さんに言い返したり、泣いたりしました?

サトコ:小さいときは泣いてばかりいたけど、泣くとますます言われるんですよ。「泣けばすむと思ってるの? だからあんたはバカなのよ」って。中学ではバレーボール部に入ったんです。バレーが楽しくて、学校にいる時間が長くなり、母との接触は減りました。母から逃げていたんだと思う。

――家庭内はどんな感じ? 殺伐としてました?

サトコ:トータルすると、1年のうち3ヶ月くらいは母が引きこもりになるんですよ。その間は家の中は静かですね。母自身も部屋でしかものを食べないし、私たちともほとんど話さない。気分がよくなっても、買い物には行くけど掃除はしない、料理はしても片づけはしないというときもある。わからないんですよ。父もなぜそのままにしていたのか。ただ、一般的な家庭の団らんみたいなものは、うちにはなかった。

――つらかったですか?

サトコ:当時は自分の家しか知りませんからね。ただ、一度、友だちの家で夕飯をごちそうになったことがあるんです。両親と友だちと、そのきょうだい、一家5人で食卓を囲んで鍋物をわいわい言いながら食べて。お母さんがにこにこしながら、子どもたちの話を聞いてた。お父さんは冗談ばかり言ってて。ああ、こういう雰囲気って実在するんだと不思議な感覚でした。テレビでしか見たことなかったから。羨ましいというより、場違いな感じがして、早くひとりになりたかった。

――お母さんはその後、どうなったんですか?

サトコ:私が中学2年のとき、ある日突然、行方不明になったんです。捜索願いも出したけど見つからなかった。そして2年後、亡くなったというしらせが来ました。遠く北陸のほうで死んだようです。父が出かけていって確認し、お骨になって帰ってきました。そのあと、私が高校を卒業すると同時に、父が再婚したんです。家に居づらくなって家出して、水商売で働きました。お金をためて22歳のとき、大学に入ったんです。

亡くなった母からのすり込みが心を蝕む

「私、バカだから……」いくら頑張っても口癖が直らない。

「私はバカだから……」いくら頑張っても口癖が直らない。

――がんばりましたね。

サトコ:それでもいまだに、つい「私はバカだから」と自分で言ってしまう。友だちに悪いクセだと指摘されたけど、すり込まれているから、自分で自分をバカだと思い込んでるんですよね。

――ちゃんと卒業して、今は立派に仕事をされてるじゃないですか。

サトコ:今になると思うんですよ、どうして母はあんなに私に汚い言葉を投げ続けたんだろうって。「おまえはイヤらしい顔をしている。おまえみたいな女は誰にも愛されない」って。それが根底にあって、好きな人ができてつきあい始めても、うまくいかないことが多いんですよね。

――つらいですね。

サトコ:カウンセリングにもかかって、私が悪いわけじゃないということは理解しているんです。だけど心の奥に巣くったトラウマを消すことはできない。


「一度、ビンタしてやりたい」、複雑な気持ち

言い返して、母を見返すことができたら、どんなに気持ちが救われただろう。

言い返して、母を見返すことができたら、どんなに気持ちが救われただろう。

――お母さんが亡くなってるから、よけい気持ちが晴れませんよね。

サトコ:ええ、今ならいろいろ言い返してやりたいけど、それができない。だから自分だけで気持ちを消化していくしかないんですよね。

――今、お母さんがもしいたら、なんて言ってやりたいですか?

サトコ:「あんたほど気持ちの汚れた女はいない」って言ってやりたい。私が言われたことを全部返してやりたい。ふざけるなってビンタのひとつもしてやりたい。だけど、死んだ人には何もできない、何も言えない。
(サトコさんは、そう言って涙ぐんだ)

――いろんな感情があるんでしょうね。

サトコ:なんだかんだ言っても、母親ですからね。当時、母がどういう気持ちでいたのか、家族に対してどういう思いをもっていたのか。本当はそのあたりを知りたいんです。私がお腹に宿ったとき、どう思ったのか。うれしかったのか、鬱陶しかったのか。

――お父さんは何かおっしゃってます?

サトコ:父は一生懸命、「おまえが生まれたとき、お父さんもお母さんも喜んだんだよ」と言ってくれたけど、それが本当かどうかはわからないし……。父が再婚してからは疎遠になってますし、今さら何も聞けない。ただ、表面上は人ともうまくやっていますから、私がこんなトラウマを抱えているとは、誰も気づいていないと思う。恋愛相手にも話したことはありません。だから恋愛が途中で行き詰まってしまうのかもしれませんが。

――何もかも話せる人が出てくるといいですね。

サトコ:相手が受け止めきれるかどうか。相手に私の人生を背負わせるのも、なんだか申し訳ない気がする。きっと一生、ひとりで生きていくんじゃないかな。


そう言って、サトコさんは少しだけ笑みを浮かべた。

彼女に心の傷だけ負わせて、母親はこの世から消えてしまった。亡くなった人とは話ができない、怒りをぶつけることもできない。サトコさんは、今も傷つけられた自分と闘っている。


■連載第1弾(全7回)はこちらです。
【アラフォーの“傷跡”。ずっと誰かに言いたかった】

■【アラフォーの“傷跡”。大人になっても生きづらい私たち】予告
――次回は、「父の死によって分かった“あること”から、実姉との確執が生まれてしまった」と悩む女性のお話です。

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