嫉妬は覚える、けれど、何もしない
平気な顔で朝帰りする妻に、何もいえない夫。
「いや、“もし”じゃなくて、もうしてるってば」
そこにいた全員がそう思ったが、だれも口にはしなかった。
「朝帰りして、しれっとコーヒーなんか飲んでいる妻の後ろ姿を眺めながら、他の男とホテルに行っていたら……と考えることもある。もちろん、嫉妬は覚えるよ。そんなことはあり得ないと心の中で打ち消す。だけど、まあ、彼女が幸せなら、それでもいいかなと思うこともある」
ほう、とみんなため息を漏らす。
それは妻の幸せを一緒に喜ぶということなのか、それとも妻の目が自分に向かないからほっとするということなのか。
「両方かなあ。結婚して20年近くたつんだよね。4年つきあっていたから、知り合ってから四半世紀たつ。子どももそろそろ成人。こうなったら、あとはお互いに好きなように生きてもいいんじゃないかと最近、思うようになってきた」
仲がいいからこそ、関係を壊したくない
ヒロタカさんのところも、ご多分に漏れず、セックスレスだ。同い年の妻は3年ほど前、「更年期みたい」と体の不調を訴え、それまで年数回していたセックスを拒否するようになった。だからといって会話がないわけではない。
「うち、仲はいいほうだと思う。日曜日なんかふたりで近所のイタリアンレストランでランチしたりするんだ。会話がなくて困ることはない。映画もときどき一緒に行くしね」
だからこそ、彼は余計に怖いのだ。真実を知るのが。今の関係が崩れたら、ケンカになって家を飛び出した妻が、その男の元へ走ったら……。
「そんなことは考えたくない。そうなるくらいなら、外泊くらい我慢するよ」
彼は力なくそう言った。
妻を愛しているのだろうか。妻に、今も惚れているのだろうか。
彼に問いかけたが、そのあたりははっきり自分の感情を把握していないようだ。
「四半世紀、一緒にやってきたんだよ。いつも“いる”人なんだ。彼女がいない人生は考えられない。男女としての愛情なのか、家族としての情なのかはわからないけど」
そして、それはただ一緒にいるという習慣なのかもしれないけど……と心の中で言ってみる。そもそも、“家にいつもいる人”というレッテルに、妻自身は納得しているのだろうか。夫からの愛情を感じているのだろうか。
男性は習慣を重んじる。言い方を変えれば、家庭生活においては変化を好まないのだ。そして、妻の不機嫌を何よりも恐れている。
いつもいてくれて、不機嫌でなければそれでいい。それは「平穏な習慣」を願っているだけではないのだろうか。
きちんと愛情表現をしなければ、いつか妻は本当に帰ってこなくなるかもしれないよ、と女性陣は脅かした。だが男性たちは、なんとなく居心地の悪そうな顔をしながら、ヒロタカさんの言うことに静かに頷くだけ。
「これが男女逆で、夫が毎週金曜日に帰ってこないとしたら、私は絶対、本人を問い詰めるけどね。浮気してるんでしょって白状させる」
ひとりの女性がそう断罪した。女性たちは深く頷く。だが、それを見ても男性たちは誰も一言も発しなかった。