介護

「転倒」への恐怖感を克服して要介護状態を予防しよう

日常生活に介護が必要になった原因のうち、転倒による骨折・打撲は全体の約1割を占め、脳血管障害や認知症に並びワースト5に入っています。高齢者の転倒は、筋力・視知覚・認知機能等の基本的な心身機能、目眩やふらつきを主症状とする疾患、薬剤による副作用など様々な因子が複雑に絡んで生じると言われています。また、転倒に対する恐怖や不安が将来的な転倒リスクを高めることも分かっており関心を集めています。

執筆者:中山 奈保子

「転倒」は目に見えない大きな後遺障害を残す

転倒恐怖感

歩けるようになっても、「また転ぶかもしれない」という恐怖感が日常生活の自立を妨げる原因になります。

転倒による骨折・打撲は、それ自体の治癒は比較的短期間で済むものの、治療・安静による心身機能低下が原因で寝たきり状態になる確率が高く、いかにして受傷前の日常生活パターンに戻していくかが重要な課題となります。

特に高齢者の場合は、一度転倒を経験すると「また痛い思いをするかもしれない」という目には見えない気持ちが大きな障壁となりがちです。骨折部分が治癒してきちんと歩けるようになっているにも関わらず、痛みや恐怖を理由に閉じこもりがちになったり、身支度や食事、掃除、洗濯などの身近な日課でさえ依存的になり家族や支援者を悩ませます。

転んだ経験がなくても「転倒恐怖感」が増すのはなぜ?

実際に転んで怪我をした経験がなくても、多くの高齢者が「転倒恐怖感」を感じています。病気や障害の有無に関わらず、年齢が高くなればなるほどその気持ちは強まる傾向にあります。

一般的に、高齢になると筋肉量が減少するだけではなく、周囲の状況に応じた素早い筋収縮が困難になると言われています。同時に、危険を察知するのに必要な視知覚、身体が斜めになった時に姿勢を立て直す反射的な能力、判断スピードなどが全般的に衰えて行きます。身体が徐々に衰えていくなか、長年通い続けた場所や人混みのなかでバランスを崩しかけたり、ほんの少し身体を押されただけで荷物を落としてしまうなどの僅かな「ヒヤリ・ハット」の積み重ねが、言葉にならない恐怖や不安へと変わっていくのです。

また、目眩やふらつき、倦怠感を症状とする疾患や、安全な移動・歩行を阻む白内障、末梢神経障害、高血圧症や不眠症に用いる薬剤の副作用が影響していることも考えられます。心身ともに健康、体力も年齢相応という高齢者が、同年代の友人が転倒したのをきっかけに転倒恐怖感を抱くといったこともしばしばです。

「転倒恐怖感」を克服するためのアイディアと注意点

  • 原因を明らかにし生活範囲を狭めない・拡大する工夫を
転倒恐怖感

歩行時に突如現れる痛みが転倒恐怖感を強めていることもあります。

まずは、転倒恐怖感を持つようになった原因を出来るだけはっきりとさせることが重要です。近所の信号機を渡りきれなかった、小さな子供たちが駆け回るそばで転びそうになった、重たい買い物かごを持って歩くのは怖い…等々、それぞれの原因や傾向があるはずです。それらの不安に一つずつ向き合い、「できる」と「できない」を明確にしておくことが大切です。そして、今できる部分から少しずつ一人でも「安心」して動ける範囲を広めていきましょう。

  • 運動の数や量にばかり固執せず暮らしのなかで具体的な目標を持つ
筋力やバランス能力を高めるトレーニングで転ばない身体を作ることは最も基本的な要素ではありますが、前項に挙げたような具体的目標を定めないまま継続するのは、あまりお勧めできません。特に、ダンベル運動1日50回、踏み台昇降を1日1回などの反復トレーニングだけに固執すると、運動を継続できたかどうかにのみ関心が向きがちとなります。「筋力がついた」だけではなく、そこからさらに「一人で散歩に行ける」「落ち着いてやれば買い物にも行ける」などといった自己肯定感を高めていきます。

  • 過剰な期待・心配は逆効果
「本当は動けるのに、怖がってばかりいて!」
「また転ぶから一人で動かないで…」

本当の能力(できる・できない)に沿わない過剰な期待や心配は、本人の焦りや不安を煽ります。ふだん意識することはありませんが、私達が安全に歩行しようとする際、骨や筋肉、内臓だけではなく、全身のあらゆる感覚をフル稼働させています。人ごみや騒音が激しい場所を歩くのと同様に、周囲の余計な視線や声が集中力を妨げ不安を助長する恐れがあります。周囲で応援する家族や支援者は、できるだけ「マイペース」で取り組めるよう環境に配慮し成果を見守っていきましょう。


危険から身を守る正常な感覚としての作用

個人差はあるものの、私達の身体は年々「転びやすい身体」になっていくのが自然の流れで、「転ぶかもしれない」といった恐怖感は自分の身を守る上で必要な感覚の一つと前向きに捉えることもできます。ただし、心身の状態に見合わない過剰な恐怖感は、生活範囲を狭めメリハリのない孤独な暮らしを招く恐れがあるため注意しなければなりません。

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