ある日突然、親に介護が必要になっても慌てないよう知識や意識を備えておくことが大切です。
ところが、高齢者にとって「要介護状態」に陥る原因は病気やケガだけではありません。引っ越しや離別による急激な環境変化が大きな引き金となり、要介護状態を引き起こすことは、まだあまり知られていないようです。皆さんの身近に思い当たる節はありませんでしょうか。
元気な高齢者が避難所生活により突然要介護状態に陥ることも
高齢者の日常生活における急激な環境変化が、要介護状態を引き起こすことを印象づけた出来事の一つに、2011年3月に発生した東日本大震災直後の避難所生活が挙げられます。避難所に訪れた時は一人で歩けていたにもかかわらず、避難所生活が何日か続いていくうち徐々に歩けなくなってしまったり、いつも明るく家事も何でもこなしていた高齢者が、誰とも話さず閉じこもってしまったケースの他、短期間のうちに、認知症様の症状(一過性の脳機能障害:せん妄)が現れ、目が離せなくなってしまったという声も多々聞かれました。
なぜ高齢者は環境の変化に馴染みにくいのか
~加齢に伴う心身の変化~
加齢に伴い、私達の身体に備わる「目新しい環境に馴染むための適応能力」が低下すると言われています。新しい環境に適応するためには、視知覚機能や記憶力、想像力、柔軟な思考力など、より高次な脳機能を必要としますが、高齢者ではこれらの機能が衰退する傾向がより強くなるのです。また、体温調節機能の衰えから暑さ・寒さに適応できず体調を崩しやすく、避難所のような過酷な環境では若い人ほど気力・体力を保つことができません。これらの特徴的な傾向に加え、災害後の疲労や低栄養状態、今後の生活に対する不安などが重なり、高齢者の心身に思いも寄らないダメージを与えてしまいます。避難所生活を送る高齢者が、要介護状態に陥らないようにするためには、どのようなことに配慮していったらよいのでしょうか。
避難所生活で要介護状態を作らないためには
■ゆっくり・じっくり談話ができる時間と場所を見つける新しい環境に馴染みにくい高齢者ほど、一人一人の心身状態に配慮したサポートが必要です。
例えば、「何か困っていることはありませんか?」と聞かれても、何を困っているのかわからず上手く応答できない、或いは何もかも困っているように感じ、過剰に他人を頼ってしまったりします。高齢者の場合、このような心の変化が特に現れやすく、現実を上手く受け止められないまま時間ばかりが過ぎていくケースが少なくありません。
「自分ばかりが大変なのではない」「もっと辛い思いをしている人がいる」と言って、自分の気持ちを打ち明けることを躊躇している高齢者も多く見られます。まずは、周りの様子にとらわれず落ち着いて対話ができる場所を確保し、ゆっくり・じっくり心の声に耳を傾けていくことが大切です。
■自分から「動く」ための十分なスペースを確保する
筋力や関節可動域が低下しがちな高齢者の生活環境には、立つ・座るなどの基本的な動作を行うための十分なスペースを確保しておくことが重要です。避難所では、非常に狭い床上での生活が中心になるため、どこにどう手をついたら良いか、どちらに身体を屈めたら良いか検討がつきにくくスムーズに動き難くなってしまいます。
また、大勢の人が肩を寄せ合う避難所では安全に移動できる「通路」が不明瞭になるのも問題です。向こう側に行くために荷物をまたがなくてはならない、遠回りをしなくてはならないと考えているうちにバランスを崩して転倒のリスクが高まります。このような状況下では特に、足腰に不安を抱える高齢者への影響が大きく、「動きづらい」ことを理由に自分から動かなくなってしまうケースが増えるのです。
■失われた日課を一つずつゆっくりと取り戻す
災害後は、食事や睡眠などの基本的な日課を取り戻すことが大変重要になります。
食糧や飲料水の配給が不十分で、栄養補給がままらない状態で無理に日課を取り戻そうとすることや、高い負荷がかかる運動を行うのは危険です。高齢者の場合は、三食十分な食事と安眠できる環境が整い次第、動く時間を少しずつ作っていくようにしましょう。