感染症

ハエがもたらす死の眠り…アフリカ睡眠病とは

アフリカのサハラ以南では「アフリカ睡眠病」という風土病があります。この病気になって進行すると、常にもうろうとした状態となり、昏睡から死に至ってしまうことも。トリパノソーマ原虫が原因で、南米を中心としたアメリカ大陸でもこの原虫が存在します。

清益 功浩

執筆者:清益 功浩

医師 / 家庭の医学ガイド

クルーズトリパノソーマ

クルーズトリパノソーマはこのような形をしています

アフリカ睡眠病とは

アフリカ睡眠病は、アフリカのサハラ以南地方にみられる風土病です。この病気にかかり進行すると、錯乱や躁鬱のような精神障害がみられるようになります。さらに睡眠周期が乱れることで昼間の居眠りや夜間の不眠、また常にもうろうとした状態が見られ、ついには眠っているように昏睡し死に至ってしまう恐ろしい病気です。

正式には「トリパノソーマ症」と呼ばれていて、トリパノソーマ原虫が体内に寄生することが原因で起こります。1909年にブラジル人医師Carlos Chagasによって初めて報告されたことから、アメリカ大陸では「シャーガス病」とも呼ばれています。

人から人へ感染することはありませんが、アフリカ大陸ではツェツェバエ、アメリカ大陸ではカメムシの一種であるサシガメに刺されることで感染します。刺し傷の周りに落とした糞便にトリパノソーマ原虫が含まれていることで、傷口から体内に侵入してしまうのです。また、脊椎動物全般に感染することが知られています。

このように地域によって病原体を運ぶ虫が異なるので、トリパノソーマ原虫の種類も異なり、アフリカ大陸ではブルーストリパノソーマ、アメリカ大陸ではクルーズトリパノソーマが主となります。この違いは、地域によってトリパノソーマ症の症状が異なる理由にもなっています。

トリパノソーマ症の症状の違い

ブルーストリパノソーマが原因であるアフリカ睡眠病は、感染してから1週間~数カ月の無症状の状態がありますが、感染初期の血液・リンパ液に原虫の存在する時期では、発熱・頭痛・筋肉痛などの風邪様の症状が出現します。さらに進行すると中枢神経感染期と言って、眠気・激しい頭痛・人格変化・錯乱・けいれんなどの様々な神経の症状が出てきます。またこの時期から、昼夜の逆転・夜間の不眠などの神経症状がみられ、悪化が進むと昏睡し寝ているようになります。それが眠り病と呼ばれる理由です。進行すると3年以内に死亡に至る可能性があります。

さらに、ガンビアトリパノソーマによる西アフリカ睡眠病とローデシアトリパノソーマによる東アフリカ睡眠病に分けられます。西アフリカ睡眠病は主に人で、東アフリカ睡眠病は主に野生動物や畜牛で発生しますが、ともに人に感染してしまいます。2012年の発症者は約7000人ですが、感染の危険のある人がアフリカ36カ国の6000から7000万人と言われていますので、アフリカ旅行する時には注意が必要です。

クルーズトリパノソーマによるシャーガス病は、アメリカで多く見られ、1週間程度の無症状の状態を経て、発熱・疲労感・かゆみ・頭痛・下痢などの症状があり、サシガメに刺された所が腫れて赤い斑点が出てきます。これら症状は自然に治っていくのですが、感染者の20~30%では10~20年後に心臓の機能が低下したり、不整脈を主とする心臓病や巨大食道や巨大結腸症などの消化管の病気になったりします。感染者は700~800万人と言われていますので、南米を含めたアメリカ大陸への旅行をする時には注意が必要です。

トリパノソーマ症の診断

発生地域

現在、シャーガス病が発生している地域です。青がアフリカ眠り病、黄色がシャーガス病です(WHOより引用)

まずは、渡航歴が重要になります。アフリカ大陸とアメリカ大陸、特に南米への渡航歴があれば疑いがあります。

診断には、患者の血液または脳脊髄液中に寄生するトリパノソーマを顕微鏡で検査します。原虫が認められると診断できますし、トリパノソーマの遺伝子があるかどうか、遺伝子増幅法を使って検査することもあります。

トリパノソーマに対する血液中の抗体の有無を検査しますが、抗体だけですと過去の感染との区別が難しいです。

トリパノソーマ症の治療

基本は原虫に対する薬を使いますが、強い薬が多いので治療も大変です。

西アフリカ睡眠病と診断されたら、感染初期ではペンダミジンの静脈注射または筋肉注射が行われます。他の合併がなければ、スラミンも効果があると言われています。中枢神経感染期にはエフロルニチンを1日4回、2週間静脈注射を行います。

主に家畜に感染する東アフリカ睡眠病では、感染初期ではスラミン、中枢神経感染期には有機ヒ素化合物のメラルソプロールの静脈注射が唯一の有効な薬剤です。ただし、このメラルソプロールの副作用は強く、処方した患者の5~10%に脳障害が発症し、その半数が死に至ってしまいます。とはいえ、この東アフリカ睡眠病は早期に治療しなければ感染後数週間で中枢神経まで侵入し、そのまま放置すると数カ月で死亡します。

アメリカ大陸でのシャーガス病は、ベンズニダゾールとニフルチモックスの2種類です。ベンズニダゾールは最大60日間、ニフルチモックスは最大90日間継続して投薬します。しかし、これらは副作用の発生頻度が40%とかなり高いです。ベンズニダゾールの副作用は、アレルギー性皮膚炎・末梢神経障害・食欲不振と体重減少・不眠症などで、ニフルチモックスの副作用は、食欲不振と体重減少・多発性神経障害・吐き気と嘔吐・頭痛・めまいなどです。心臓などの合併症に対してはペースメーカーをつけたり、不整脈を抑制する薬を服用することになります。

トリパノソーマ症の予防

現時点ではワクチンはありませんので、ツェツェバエやサシガメに刺されない虫刺され対策が重要になります。

■ツェツェバエ
このハエは、現在、アフリカで水辺に主に生息していて、吸血性のハエです。そのため、アフリカに渡航する場合は虫対策が必要になります。

薄い生地では洋服の上から刺されますので、厚みのある服にします。また、明るい色や暗い色にツェツェバエは引き寄せられるので、できれば、周囲の環境を区別しにくい衣服で外出します。虫よけスプレーなどで予防します。

■サシガメ
このカメムシは、現在、中南米で山野に主に生息していて、吸血性のカメムシです。中南米へ渡航する時には注意が必要です。

また、サシガメの糞にはトリパノソーマが混入しているために、その糞が混入した食品や水を人が摂取することによりシャーガス病になることがあります。中年米では、未調理の食品や衛生的でない水の摂取を避けましょう。

部屋用の殺虫剤や長時間効果が持続する殺虫剤を塗付した蚊帳を使用したり、できるだけ網戸やエアコンなど住環境の整っている場所に居るようにしましょう。

特に2016年にはリオオリンピックが行われるので、現地で応援される場合は入念な虫対策を心がけて下さい。

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