地方の過疎化が深刻化し、介護の担い手が足りなくなる恐れも
そこで介護施設、保育施設、障害者施設を1カ所にまとめられるよう規制を緩和し、介護福祉士や保育士などの資格を統合し、1人の職員が子育てから介護サービスまで提供できるようにする仕組みを検討することになったのです。
これに関連した資格の統合についての報道は注目されています。ただ、私は現時点では課題が多く、ここ数年での実施は難しいと感じています。その理由を、現場の状況などをもとに解説します。
資格統合のモデル「ラヒホイタヤ」とは?
そもそも資格統合の案のモデルとなっているのが、フィンランドが導入している「ラヒホイタヤ」。これはヘルパーや准看護師、保育士、リハビリ助手など計10の資格を一本化した資格です。福祉や介護に従事する職員を確保する必要性から生まれ、1人で複数の分野を掛け持ちできる職員を福祉の現場に配置し、柔軟に対応できるようにしています。ただし、フィンランドの「ラヒホイタヤ」は「日常ケアに関する中卒レベルの資格が一本化」されたもので、日本における介護や保育の現場で求められるような高度な専門性が求められる資格とは異なっています。
検討される資格は、介護福祉士など基礎となる資格にプラスαの知識や技術が求められるのか、あるいは日本版ラヒホイタヤのような全く新しい資格になるのか、現段階では明確になっていません。そのためあくまで推測ですが、資格統合がなされた場合のメリット、デメリットについて考えてみます。
資格保有者のメリットとデメリット
まず資格取得者のメリットは、一人で子育てから介護サービスまで提供できることで過疎化が進む地方の人手不足問題に貢献できる点です。さらに、資格取得のために幅広い知識を得ることで多角的な視点から業務にあたることができます。加えて子育てから介護まで幅広い分野で働くことができ、求人も多いため、生涯仕事を続けられる可能性も出てきます。
一方、デメリットは専門性の希薄化、資格取得や業務の負担増、などが考えられます。例えば、介護福祉士の場合、一定の実務経験を得て国家試験に合格する、あるいは専門学校を卒業しなければ資格を取得することはできません。こうした一定の知識や実務経験が必要な上、さらに別分野の知識や実務経験を問われるようになっては資格取得のハードルが高くなるうえ、人手不足の解消になるどころか、資格取得希望者が減ってしまう可能性もあります。
さらに、我が国では高齢化の進展とともに認知症の人数も増えています 。厚生労働省の研究班の調査では2012年時点で462万人にのぼり、認知症の前段階と考えられているMCI(軽度認知障害)も加えると65歳以上の4人に1人の割合です。
介護福祉士の国家試験でも「認知症の理解」が出題項目のひとつとなっていますが、とくに認知症のケアには専門的な知識と実践が求められます。介護福祉士の一人として「認知症の人への対応だけでも手一杯で四苦八苦している現状があるのに、その上、「保育の知識まで求められるのは……」というのが本音です。
事業者にとっては……
一方、事業者のメリットとしては、業務の拡大化が考えられます。これまで高齢者福祉施策や子育て支援策が、縦割りの行政システムの中で機能してきましたが、介護施設や保育施設が1カ所で可能だと規制が緩和されれば業務の拡大化がはかれます。対してデメリットとしては、やはり人材確保の面です。介護職の人材不足は現在でも問題となっていますが、資格が統合されることで(現在の介護福祉士などの資格がそのまま残されるのかも不明ですが)、取得者や取得希望者が減る可能性もあります。さらに資格のあり方が変わったことで離職者が増える可能性もなきにしもあらずで、こうなれば人材不足はさらに深刻化してしまいます。
続いて、 ユーザーのメリット、デメリットについて考えてみます。
厚労省では介護施設、保育施設、障害者施設を1カ所にまとめられるよう規制を緩和することも検討していますが、高齢者とこどもをともにケアする「幼老統合ケア」を行っているところは以前からあり、私はその現場を十年以上前から取材しています。
取材で感じた「幼老統合ケア」の効果とデメリット
今回はいくつかの事例をもとに、資格統合のメリットを説明します。富山県内には年齢や障害の有無にかかわらず、誰もが一緒に身近な地域でデイサービスを受けられる「富山型デイサービス」があります。この「富山型」の元祖ともいえる場所に訪れた際、職員としてはたらく障害者の女性がじつにいきいきと働いていた姿が印象的でした。
東北のある宅老所(小規模で家庭的な雰囲気のなか、高齢者、障害者、子どもなどに対して、各々の生活リズムに合わせて柔 軟なサービスを行う)で出会った認知症の女性は、落ち着かない状態で、転倒してしまい不機嫌になっていました。しかし、目の前にいた赤ちゃんをあやしはじめると、さきほどの状態とはうって変わって穏やかになったのです。
都内に位置する高齢者施設と保育園を併設した施設の園長は私にこう話してくださったことがあります。「こどもとお年寄りをともにケアすることはもちろん双方にとってよいことがたくさんあります。それに加えてこどものお母さん世代にもよい影響をもたらすのです。忙しくてカリカリしていたお母さんたちが、おとしよりがゆったりと子どもの世話をするのをみて自らの態度を省みるといったこともありました」。
子どもも高齢者もともにケアをするというところに注目すると、ユーザー側には上記のようなメリットが生じます。
ユーザーのデメリットとしては、資格統合にあたって専門性が希薄化することで「サービスの質」が低下するのではないかと懸念される点です。
現場では今だ「はい、あーんして」というような、高齢者を子供扱いするような介護職員の言動も見受けられるなか、専門性をいかに担保していくか、十分な議論が必要です。
私個人の見解ですが、資格統合をするのであれば、基礎となる資格(「介護福祉士」や「保育士」など)の業務を中心に行い、それ以外の業務については一定の知識を身につけたうえで補助的に関わるといったシステムにすれば、これまで専門性をいかして働いてきた人にとっても継続しやすいでしょう。
あるいは、日本版ラヒホイタヤのような全く新しい資格を設けるのであれば、介護や保険・医療の「トータルサポーター」として活躍してもらうのがよいのではないかと考えます。介護の分野でいえば、直接的な介護に関わるというより、「要支援」や「要介護」になる手前の「予防」の分野で活躍してもらうイメージです。
この件について塩崎恭久厚労相は、「試験や養成課程に影響しますし、様々な議論が私どもの方にも聞こえてきていますので、中長期的な課題であると認識している」と記者会見で回答をしています。今後の動きに注目したいところです。
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