名店の系譜
2013年末にビル取り壊しのため扉を閉じた名店、大坊珈琲店。そこで働いていた3人のスタッフのうちの1人、27歳の古屋達也さんが自身の珈琲店をスタートさせました。薬草酒を多数揃える「Bar Tram」が眠っている昼間の時間を「Coffee Tram」として利用し、自家焙煎の深煎り珈琲豆をネルで抽出して、苦みと甘みが魅力の一杯を提供します。
大坊珈琲店は党派や派閥のようなものとは無縁の「個」として街角に存在していましたから、その弟子筋と呼ぶべきお店はないのでしょう。されど名店の影響は、水面に落ちた一粒の珈琲豆から波紋がゆるやかに広がっていくように同心円を描きながら、その味と品格に限りない敬意を抱く若い世代にも及んでいるのです。
スイングビルという珈琲の舞台
珈琲トラム、2014年4月1日開店。その知らせは大坊珈琲店を愛した人々に静かに伝わりつつあります。場所は恵比寿駅にほど近いスイングビル。鮮明に記憶に残る大坊珈琲店のブレンド2番とデミタスのモカという自分の定番コースを思い起こしながら、私は雑居ビルの2階へと上りました。
階段上で訪問客を迎えるのは、通常の半分の幅しかない不思議な扉。後日、正式に取材した折に、Bar Tramのオーナーである伊藤拓也さんからその理由をうかがいました。
「以前経営していた看板のない小さなバーが、雑居ビルの一室で呼び鈴を押して入る紹介制のお店で、“狭き門“だったのを踏襲してこんな扉になったんです」(伊藤さん)
狭き門をくぐった先に、チェコ製の曲げ木のスツールが並ぶ艶やかな長いカウンターが伸びており、右手には国籍不明のアンティーク家具が落ち着いた気配を醸し出しているテーブル席と、ソファ席が設けられています。
それでは次ページで古屋さんにうかがったお話をお届けしましょう。古屋さんの珈琲について、それから、大坊珈琲店で学んだことについて。