この時の治療に用いられたと言われる「脳低温療法」。これはどのような治療方法なのでしょうか?
脳低温療法の目的
脳低温療法とは、事故や病気で脳細胞に障害が及んだ時に使用し、一般的に32~34度まで脳内の温度を低下させる治療法です。脳内に大きな損傷が起こった時は、脳細胞がどんどん腫れてきてしまいます。そして、脳というものは頭蓋骨に囲まれているので、脳の圧力が上がってしまい、損傷を受けていない脳細胞まで損傷してしまいます。この悪循環を打ち切るために、脳の温度を一時的に低下させて防ぐのです。脳の温度を下げることは、脳細胞の腫れが防げるということと2次的な脳細胞の損傷を最低限にするということにつながります。
脳低温療法の方法
患者さんを水が循環しているブランケットで体全体と首元および脳に巻いて、脳の温度を32度から34度まで低下させます。冷やした点滴を静脈投与して、体温を下げる作業をする場合もあります。脳の損傷から4時間以内に開始するのが勧められ、開始が早ければ早いほどいいので、治療スタッフの連携が重要になってきます。脳低温療法とは、脳に重篤なダメージを受けたときに適応のある治療法の1つです。
体温が下がると、体温を上げようとして反射的に筋肉が震えるシバリングという現象が起きます。シバリングを防ぐために、患者さんは麻酔をかけられ鎮静させられます。もちろん、呼吸も止まるので人工呼吸器が必要になります。そして、患者さんの状態を、正確に測定するために、血圧計、体温計、心電図、血糖測定、電解質測定、脳波計、脳圧測定器などが装着されます。
低体温中は、免疫力が低下し、肺炎などを併発しやすくなります。また、治療は長期間に及ぶことが多く、1週間以上寝たきりが続くのでいわゆる床ずれ(褥瘡)に注意しないといけないことも。
脳低温療法のかかえる問題点
この治療は、1990年ころから日本大学救命センターの林成之先生らが中心となって治療法がどんどん改良されていきました。しかし、脳神経外科医だけではなく、麻酔科医や救急救命医、そして熟練した看護スタッフ、機械を扱う臨床工学士、リハビリスタッフなどありとあらゆる業種の力を必要とする治療法なので、なかなか一般病院では実施できないのが現状です。脳低温療法は心肺蘇生後に心拍が再開した患者さんに対して行うと効果があるという研究結果は有りますが、残念なことに、事故や脳卒中の患者さんに対しての有効性については未だ一定の結論に至らず、多くの地域や施設で検討が続行されているのが現状です。
これからのさらなる研究が期待される脳低温療法。脳細胞を保護できる治療法の1つであることは間違いありません。