なぜ人間の体はすぐに「肥満」になってしまうのか
太りたくないのに太ってしまう人間の体……。なぜこうも不要な脂肪を蓄えてしまうのでしょうか?
メタボ予防やダイエットで、どの世代にも目の敵にされがちな「脂肪」。全く太りたくないのに、私たちの体はなぜこんなにも多くの脂肪を溜め込もうとしてしまうのでしょうか?
ヒトが太ってしまう理由を説明するためには、人類がヒトとして進化し始めた、遠い昔、少なくとも1万年以上前のことまで遡って考える必要があります。今回はそんな昔むかしを振り返るところから、私たちの体の特徴を考えてみましょう。
ヒトの祖先の食生活……「蓄えられない個体は死ぬ」
今日の主役となる祖先が生きた時代は、旧石器時代。一般に「狩猟時代」といわれる農業を営むようになる前の祖先です。狩猟時代の人々の生活は、男性は狩りに行き、女性は子供を育てるために家に残り、空いた時間に木の実を採ったり貝を拾って食料の足しするという分業で成り立っていました。この当時はまだ、干物を作るなどの食べ物を保存する技術もありません。当然、冷蔵庫もありません。食べ物は腐る前に食べてしまう必要があります。言ってみれば究極の「その日暮らし」です。「その日暮らし」ですから、食べ物が常に手元にあるわけではありません。女性が採取する木の実や貝は「旬」があり、旬の季節以外には入手することはできません。ならば、動物は季節を問わず生息しているので、男性が狩りに行けばいいじゃないかと思われるかもしれませんが、狩りだっていつもいつも成功するとは限りません。何日も狩りに出ても成功しない日が続くことだってあったはずです。
そのため、我々の祖先は食べられないときのために、体内にエネルギーをためておく必要がありました。もう少し、正確に言えば、体内にエネルギーをためておくことができない人は命の危険にさらされていたのです。
余談にはなりますが、一般に男性よりも女性のほうが脂肪がつきやすいのも、先祖の生活から説明ができます。食べ物が豊富に手に入るときはよいのですが、食べ物が手に入らない時期が続くと、まずは自分の空腹を満たすことになります。女性が自ら手に入れることができる木の実や貝には旬がありますので、旬の時期以外、女性と子供たちは男性が持ち帰ってくる獲物を待つことになります。そして、男性が持ち帰った獲物は子供たちが食べた残りを女性たちが食べていたと考えられます。男性は腹が減っては狩りどころではありませんから、家族に獲物を持ち帰る前に自らの空腹を満たすことになります。このような環境から、男性よりも女性のほうがエネルギーを多くためておかないと、命の危険があったわけです。だから、古墳等から出土する女性をかたどった「土偶」なども、現代の我々が見ると太ってだらしなく見えてしまうのですが、当時はこれが健康の証だったのです。
こう古い時代を振り返ると、「今はもうそんな時代ではない」と思われるかもしれませんが、人類が農業の技術や食料の保存の技術を手に入れたのは、ほんの数千年前のこと。日本国内でも物流が発達し、ある程度、食料が潤沢に行き渡るようになったのは、この50年ほどのことです。人類のDNAが「食料はいつでも手に入る=脂肪を溜め込む必要はない」ことを受け入れて、脂肪を蓄えすぎない体を手に入れるには、まだまだ非常に長い時間がかかるのです。
脂肪を大切に貯蔵する「脂肪細胞」とは
古代の祖先は体内にエネルギーを少しでも多くためるために2つの工夫をしていました。1つめの工夫は、少しでも多くのエネルギーを少しの“かさ(嵩)”でためることができるよう、エネルギー効率のよい「脂肪」で溜めておくこと。「覚えておきたい! 太りやすい食べ物とタイミング」でもお話しましたが、ヒトのエネルギー源となる栄養素は炭水化物(糖質)、たんぱく質、脂質(脂肪)の3つです。そのうち、炭水化物とたんぱく質は1gあたり4kcalのエネルギーを出しますが、脂質は1gあたり9kcalのエネルギーを出すことができます。そのため、脂質は炭水化物やたんぱく質よりもエネルギー効率がよいため、体内に蓄積する際には脂質(脂肪)でためておくのが最も効率がいいのです。
2つめの工夫は、脂肪をためておくための専用の貯蔵庫である「脂肪細胞」を作ったこと。脂肪細胞は溜まっている脂肪の量に応じて風船のように膨らんだりしぼんだりが容易な細胞です。そのため、脂肪細胞の中に脂肪がたっぷり入っていて膨らんでいる状態が「肥満」であり、脂肪細胞の中の脂肪の量が減れば痩せるというわけです。そんな脂肪細胞は体内のいたる所に存在します。ちょっとしたすきまがあれば脂肪細胞が入っているとイメージするとよいでしょう。
また、脂肪細胞の数は成長期の子供ではどんどん増えていき、成人後はさほど数は増えないといわれています。そのため、メタボリックシンドロームをはじめとする成人の肥満は脂肪がパンパンに詰まっている状態を解消することが重要なので、脂肪細胞の中の脂肪を消費して小さくすることでやせることができます。しかし、小児肥満は脂肪細胞以外の体成分を増やしながら脂肪細胞の数の増殖を抑える必要があるため、対処が難しいといわれるのです。
「死にたくない」一心で脂肪を溜め込む、私たちの細胞
昨今の我々は、ありがたいことに、エネルギーを体内に溜め込まなくても、食料を好きなときに手に入れることができます。しかし、我々の身体は「脂肪を溜めること」は重要なことだと考えています。細胞は「死にたくない」一心で脂肪を溜め込んでいるのです。ヒトの体の構造が簡単には変わらない以上、目の前にあるものを何も考えずに食べ続ければ、当然私たちの体は太ります。この事実を踏まえた上で、過剰に太りすぎないように、食べる量やタイミングを考えて、食生活を上手に工夫していくことが大切なのです。