野鳥のさえずりで目を覚まし、四季の花々が咲く庭で食事をし、満天の星の下で静かに語り合う……。「あぁ、この他に何が必要だと言うんだ!」と、夢いっぱいだったはずの田舎暮らし。しかし実際に暮らしてみると、快適さの裏側には予想もしなかった事件が潜んでいます。
ある朝、我が家の玄関に届けられた泥付き野菜! 果たしてこのお裾分けの真相は!?

田舎暮らしは三度泣く

画像はイメージです

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「転勤の三度泣き」という説が、巷間で囁かれているとか。最初は都落ちの不遇を嘆いて泣く、二度目はその土地の閉鎖性に泣く、そして三度目は地元の人の温もりに泣くとか。
最後の“泣き”にはもう一説あって、都市部への再度の転勤を命じられた時に田舎から離れられる嬉しさで泣くというもの。

ネタをフって、フフッて笑わせて、最後にキュンとさせる、まるでお笑いの「三段落ち」みたいです。これって田舎暮らしにも当てはまるんですね。

最初の涙。移住直後に気が付く、都会とのギャップに泣かされます。パソコンやケータイのサービス提供地域の対象外、挨拶回りで地元の重要人物への訪問をはずした、ゴミ収集場所が余りに遠すぎる、出張帰りのバス停から我が家への道が真っ暗闇、雨が降ると家の前の道が水浸し……

二度目はよそ者あつかい。田舎は思った以上に、固い結束で結ばれている集団が暮らす地域。都会から田舎へ移り住んだ人たちを「よそ者」と呼び、これは1年目に限らず5、6年たってもあまり変わらないようです(もちろん面と向かっては聞きませんが)。この呼び方を伝え聞いて、思わず……

三度目は、突然の思いやりに泣く。食べきれないからと釣った魚のお裾分け、仲間が集まる飲み会へのお誘い、そして地元の祭りへの出演依頼…… ある時期を境に田舎の思いやりが怒濤のように押し寄せてきます。かたくなで頑固な地元の人の、無骨な思いやり。落ち込んでいた「よそ者」が地元に受け入れられた瞬間です。

そう、田舎暮らしには泣かされる。

面白うて やがて悲しき 野菜かな

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玄関先に届けられた旬の野菜に気付き、歓声を上げる家族。一体誰が……。ドラマでよく見かけるショットですね。

しかし、これは都会ではめったにないことだから話しとして目立つだけで、田舎でも早々あることじゃない。まして田舎暮らしの初心者としては「きっとイマドキの農家は無農薬のはずだし,穫れたてだし、なんかもう泥くらい気にしないでおこう」と、多少の勇気と決断が必要となるわけです。

そういえば,TVの「人生の楽……」でも、「満天青空レスト……」でも、畑の野菜を抜いてパパッと泥を払いそのまんま丸かじりしていました。もう少し体験を重ねれば「喜んで!」と思えますが、虫付きに慣れていない都会体質では、無農薬だから健康には良いと理解しつつも、泥付き野菜の山を眺めて溜め息をつくばかり。

解決策として、お裾分けのお裾分けも考えました。街で暮らしている友人・知人への田舎からの旬の贈り物。しかし、パッケージに整然と並んだイチゴの詰め合わせや、クール宅急便で届いた蟹はお裾分けできても、泥&虫付きの野菜はやはり二の足を踏んでしまいます。届け物を開いた時の先方の状況を想像すると怖くって実行できません。

そう、田舎暮らしには泣かされる。

我が家から始める交流の輪

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ある日,玄関に山と積まれた泥付き野菜。ご近所付き合いの難しさに右往左往していた新参者に、地元のコミュニティがその扉をちょっとだけ開いてくれたわけです。努力がやっと報われた一瞬。

田舎暮らしをスタートしてから幾星霜(ちょっとオーバーですが)、固まっていたハートがジンワリ暖まってきます。

贈り主であるHさんを何とか突き止め、このチャンスを大いに活用しました。まず「お友達もご一緒に」と我が家で宴会をセット。そこから、友達の輪が次第に広がっていきます。やがて漁師のMさんが港直送の魚をかつぎ込む、鍋奉行のAさんが料理を仕切る、造り酒屋のS君ができたばかりの新酒を差し入れする、食べて飲んで話して、そのまま地元住民が集まる居酒屋に直行する。乾杯の嵐!

届けられた泥付き野菜。これって、地元のコミュニティからの招待状だったんですね。そう、田舎暮らしには泣かされる。
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