糖尿病/糖尿病の経口薬・インスリン

インクレチン関連薬はやはり膵臓を傷つけるのか?

インクレチン関連薬が使われ始めてから米国では早くも10年近く、日本でもそろそろ4年。IMS Health(米)によると既に世界中で年に90億ドル(約9000億円)を超える売上を達成している画期的な新薬になっています。しかし、インクレチン関連薬は発売前から急性膵炎の心配があって、今日でもその疑いが完全に払拭されたわけではありません。

執筆者:河合 勝幸

インクレチン関連薬が抱える2つの問題

ビクトーザ

インクレチン関連薬を全ての2型糖尿病患者に使える日が遠からず来ます。でも、こんな問題がまだ残っているようです。詳細は本文を。写真はビクトーザ(ノボ ノルディスク ファーマ)

インクレチン関連薬が使われ始めてから米国では早くも10年近く、日本でもそろそろ4年になります。IMS Health(米)によると既に世界中で年に90億ドル(約9000億円)を超える売上を達成している画期的な新薬になっています。インクレチン関連薬はめったに低血糖を起こさず、肥満に悩む2型糖尿病者の体重を減らす効果もあり、過去2~3ヵ月の平均血糖値を表わすA1Cを6ヵ月で0.8~1,5ポイント下げることが出来ますし、更に動物実験では2型糖尿病で失いつつある膵臓のベータ細胞のアポトーシス(プログラム死)を抑制することも確認されていますから、まるで夢のような糖尿病治療薬です。

しかし、問題が少なくとも2つあります。非常に高価な薬で米国ではGLP-1受容体作動薬(皮下注射)のエキセナチド(商品名バイエッタ)で毎月300米ドル、リラグルチド(商品名ビクトーザ)で毎月400米ドル以上の薬代が掛りますから、米国では一般の人が加入している医療保険会社が使用を認めないケースもよくあるのです。日本でも高い薬価に在宅自己注射管理指導料まで取られたら、患者も社会保険制度にも大きな負担になります。糖尿病治療薬には安全性と効果が確認されているとても安価な旧薬がたくさんあることを忘れてはいけません。

もう1つの問題は安全性です。新しい薬なので長期使用の安全性がまだ十分に確認されていません。当初から甲状腺がんの注意喚起もありますし、急性膵炎の可能性が払拭されたわけでもありません。今年2013年、糖尿病学術誌として権威のある米国の『Diabetes』7月号に大きな物議を醸した一つの論文が載りました。脳死した臓器ドナーの膵臓、すなわち8体は糖尿病患者でインクレチン関連薬を使用、12体は同じく糖尿病患者ですがインクレチン関連薬は未使用、コントロールとして非糖尿病者14体を病理解剖したところ、インクレチン使用者の膵臓の複数の組織の細胞にいろいろな異常が見られたというものです。剖検した膵臓には「がん」はありませんでしたが、インクレチン関連薬で急性膵炎を繰り返して慢性膵炎になり、それが膵臓がんのリスクを高める可能性が示唆されたので論争になったのです。この論文に対する説得力のある反論もありますから事実の解明はまだまだ先のことになりますが……。

折も折、2013年9月26日にノボ ノルディスク ファーマ株式会社が、現在は単剤の投与またはスルホニルウレア(SU)剤との併用のみになっているGLP-1受容体作動薬ビクトーザ(一般名リラグルチド)をどんな糖尿病薬とでも併用できるように一部変更承認申請をしたという発表がありました。当然、同タイプのバイエッタやビデュリオンもそうなるでしょうから、2型糖尿病患者は誰でもインクレチン関連薬の利益とその代償としてのリスクを受けることになります。まず、患者としてはよく知らない急性膵炎の初期症状と対処法を理解しておきましょう。

急性膵炎の初期症状

インクレチン関連薬を初めて処方される時に、医師から急性膵炎の症状の説明があったり、薬の取扱説明書に急性膵炎の注意事項があったりすると、まるで急性膵炎がインクレチン関連薬の副作用の一つみたいですが、実はそうではありません。まだ科学的根拠に基づいて証明されたわけではないのです。

そのことを理解した上で、患者が膵炎についての予備知識を少しでも持っていることは、担当医にとっても安心できることでしょうから、私たちも万一の時にどう対処したらよいか心得ておきたいものです。

膵炎には急性と慢性の2つのタイプがあります。インクレチンで関心を集めているのは急性膵炎です。症状としては腹部の上の方の強い痛み、吐き気、嘔吐、下痢、食欲不振、発熱、悪寒などです。このことを正しく担当医に伝えます。症状が激しければ緊急入院も念頭に置きます。急性膵炎の主な原因は胆石症やアルコール症、薬物作用、ウイルス性などいろいろあるので、緊急時には関連があるのかないのか分からないインクレチン薬にこだわっている暇はありません。インクレチン関連薬は膵炎の既往症のある人や腎障害のある人には注意が必要です。薬を処方される前に医師とよく話し合っておきましょう。

広がるインクレチン関連薬と急性膵炎への関心

2型糖尿病の第1選択薬としても使われているDPP-4阻害薬(ジャヌビア、グラクティブ、エクア、ネシーナ、トラゼンタなど)もインクレチン関連薬です。これは外部からGLP-1に模したホルモンを注入するのではなく自分の体が分泌しているGLP-1の分解酵素DPP-4の働きを抑えることで体のGLP-1の活性レベルを高めるものです。これらにも急性膵炎への注意事項があります。

元々、インクレチンは食物を感知して膵臓のインスリン分泌を高め、血糖を上げるホルモン「グルカゴン」の分泌を抑えます。
つまり、膵臓全体を強く刺激して消化吸収の準備体制を調えるのです。インクレチンは短時間作用すればいいので、体はGLP-1を分泌された瞬間からどんどん分解を始めます。この分解酵素がDPP-4なのです。

GLP-1が体内に常時残留して膵臓を刺激することが膵炎を招くのではないかという先入観が医師にあるので、インクレチン使用者が膵炎を起すと、その報告がバイヤスが掛って集中するのでクローズアップされてしまうのではないか、という指摘があります。膵炎の原因が不明なら犯人はインクレチン! です。

また、初めてのGLP-1受容体作動薬バイエッタ発見の手がかりになったのが、「毒のある動物に噛まれるとなぜか膵炎になる」という言葉だったというエピソードがあります。
だれが毒トカゲ(Gila monster)の口の中に手を突っ込んだのか?
新糖尿病薬「バイエッタ」物語(Byetta, exenatide)

インクレチン関連薬と膵炎の疑念はなかなか解消できません。

膵炎の原因はいろいろあるので、インクレチン関連薬との問題が整理できない!

糖尿病薬と膵臓病との関係がなかなか証明できないのは、そもそも糖尿病が膵臓病の一つだから、という考え方があります。1型糖尿病は免疫システムが誤作動して膵臓のベータ細胞を壊してしまう病気ですし、2型糖尿病は体が要求する過大なインスリンをやがて分泌できなくなり、少しずつベータ細胞が減っていく病気です。肥満も膵炎の原因の一つに挙げられています。糖尿病治療薬が全ての膵臓病にどう影響するかは不明なのです。

糖尿病があると膵炎や膵臓がんが増えるかという問いも明らかにできません。日本の疫学調査では糖尿病患者は膵臓がんになる可能性が1.85倍高くなりますが、これは必ずしも因果関係を示したものではありません。逆に慢性膵炎から糖尿病になる可能性はありますが、まれだそうです。膵臓がんから糖尿病になるのはベータ細胞の喪失や、悪性腫瘍がインスリン抵抗性を増すことなどが考えられます。つまり、糖尿病が先なのか、膵炎やがんが先なのかは断定しにくいのです。

米国糖尿病協会(ADA)は、錯綜する情報の中で患者は担当医に相談なく、いかなる薬も中断しないように呼びかけています。また、製薬会社にも第3者機関による研究にデータの提供を呼びかけています。
FDA(米・食品医薬品局)はインクレチン関連薬が膵臓がんの原因や憎悪に関与しているか否かの結論を出していません。継続して薬の取扱説明書に膵炎の注意を記載するよう求めていますし、ポストマーケット研究では膵炎を起した患者のCTスキャンや酵素レベルの精査をするように求めています。

確かに、インクレチン関連薬にベータ細胞の複製や増殖を促す効果があることは福音ですが、細胞増殖がコントロールできないとすれば全く別の問題を引き起こします。2型糖尿病が膵臓がんのリスクを2倍にし、インクレチン関連薬が更にリスクを高めるなら難題です。早く本当のことを知りたいものですね。

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