光のかわりに輝く声を与えられたテノール歌手
彼はいつも目を閉じて、つぶやくように歌いだします。盲目のテノール歌手。そう言えば思いあたる方も多いでしょう。彼の声にはじめて触れたのは、忘れもしない日韓共同開催のワールドカップ決勝の日でした。その日の夜、決勝戦の模様をふりかえるニュース番組で、敗者であるドイツ代表の主将カーン選手の映像のバックに、彼の歌う「Time to say goodbye」が流れていたのです。そのよどみなく朗々と響く歌声と、抒情ゆたかなメロディー。そして、いつもは相手チームを威嚇するように戦闘的にゴールを守っていたカーン選手が肩をおとし、ゴールの脇にうずくまる姿とがあいまって、気がつけばわたしの頬を涙が濡らしていました。
彼の歌声にすっかり魅せられたわたしはそれから、インターネットやCDショップでその姿を探しました、わたしの心を射抜いた「Time to say goodbye」で有名ですが、もちろん伝統的なオペラ歌曲も、そののびやかな美声できかせてくれます。
盲目ゆえにいつも目をとじて歌う彼は、なぜか歌いだす直前、ふっとほほ笑みを浮かべます。そうまるで、天上から舞い降りてきた、彼にしか聴こえないささやきにこたえて笑っているかのように。光のかわりに輝く声を与えられたテノール歌手。ぜひ一度、その歌声に全身をゆだねてみてください。