子どもへの体罰は必要なのか?

体罰

そもそもしつけに体罰は必要?

大阪市立桜宮高2年のバスケットボール部主将の男子生徒が2012年12月下旬、顧問教諭から体罰を受けたことを理由に自殺しました。そして、柔道の女子選手が監督から暴力を受けたことを告発するなど、「体罰」に対しての議論が高まっています。

テレビの情報番組などでは、「ここまでしたら、体罰じゃなく暴力になる」とか、「学校での体罰は良くない」などというコメンテーターもいますが、そもそも体罰は、指導するときに必要なのでしょうか。また、学校での体罰は許されないけれど、家庭での体罰は許されるのでしょうか。

体罰は、即効的なもの。叩かれたことで、していることを即刻やめたり、または叩かれるのがいやだからと、何かをしないようにする行動に出ます。緊張で体はこわばるでしょうから、叩かれないようにすることに意識が集中してしまいます。つまり、叩かれることで能力が向上するということにはならないでしょう。

体罰は、大人から子ども、親から子ども、部活やスポーツなどの場合は指導者から選手へと、上下関係があるところで行使されます。「体罰を受けた方は逆らえない」という構図の中で行われるものです。

体罰は指導として有効なのか?

子供

体罰からは学べない

叩かれたことで、していることを即刻やめるという効果はあるかも知れませんが、それは驚きと恐怖によって、そのときに「やめる」という行為をするだけのものです。なぜいけないのか、どうすることがいいのかは、体罰から学ぶことはできません。

逆に体罰を受ける、親や大人から叩かれることによって、自分の言い分を通すために叩く・殴る行為を相手に行ってしまうということも言われています。体罰を学び、それが連鎖するという構造です。

「愛のムチ」という言葉がありますが、これは、相手に対する尊敬を持っていると、体罰を受けてもそれを肯定しようとする(思いこもうとする)からでしょう。でも、尊敬と、体罰は全くの別物。そして、叩く、殴るなどの体罰を受けることと、良い行動ができるようになるというのは、結びつかないことです。

さらには、指導者や親が「愛のムチ」だと思っていても、受ける方が恐怖や威圧を感じているなら、それは程度によらず体罰・暴力と捉えるべきでしょう。

この部分の考え方は、虐待の定義、「子どもが耐え難い苦痛を感じれば、それは虐待です。保護者が子どものためだと考えていても、過剰な教育や厳しいしつけによって、子どもの心や体の発達が阻害されるほどであれば、あくまで子どもの側に立って判断し、虐待と捉える」と、同じでしょう。


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