ロスの若者を救った「クランプ・ダンス」
ヒップホップダンスの世界で近年注目を集める「クランプ・ダンス」のルーツと展開を伝える、ドキュメンタリー映画です。源泉を探る貴重な証言や、驚異的な身体能力を見せつけるダンスシーンが満載です。「クランプ・ダンス」が生まれたL.A.サウスセントラルは全米で最も危険とされる地区であり、ギャングや麻薬に溺れた親の元など凄惨な場所で生を受けた子供には、ギャングになって殺すか殺されるかの生活を送るしか選択肢がなかったのだと言います。
ロス暴動の発生と同じ1992年、この地区でトミー・ザ・クラウンと名乗る一人のダンサーが現れ、子どもたちの誕生会やパーティで踊ったり、地元の若者たちにダンスを教えたりする活動をはじめました。
従来のヒップホップダンスに、アフリカの民族舞踊の様に体を小刻みに動かして独特のリズムに乗るスタイルを加えた様な「クラウン・ダンス」は、それまで生き方の選択肢や打ち込めるものを与えられなかった地域の若者たちにとって、希望の光でした。
やがて、トミー・ザ・クラウンの弟子であった若者の一部が新しいスタイルを生み出します。「クランプ・ダンス」は超人的な身体能力をあらん限り発揮して荒々しいほどに激しく全身を揺さぶり踊るスタイルであり、ダンサーのタイト・アイズによれば『人々に幸せを運ぶ部分※』はクラウン・ダンスに共通しながら『怒りや悲しみから精神を解放する※』ダンスなのだと言います。
サウスセントラルに3年間通いつめて撮影された本作には、トミー・ザ・クラウンやそこに生きる若者たちがダンスに懸ける情熱が生の声として映されています。
肉体が弾ける様にビートに響くダンスシーンは圧巻の一言。独自のスタイルを究めた結果、古にアフリカで彼らの祖先が行っていた土着的な踊りに回帰する要素が出てきたところも非常に興味深い点だと考えられます。顔から全身を彩る鮮やかなメイクアップ、激しくやがてトランスへ至る超人的な表現……彼らは全く無意識にそこへたどり着いたのだと言います。
生まれながらにして自分を取り巻く環境と戦うことを運命づけられた若者たちが一筋の光に望みを託して祈り、荒ぶり踊る姿が、ヒップホップダンスが根源的に持っている美しさを教えてくれる一作です。
【引用参考文献】
※『RIZE』株式会社ギャガコミュニケーションズ刊、2006年