一歩、足を踏み入れてびっくりさせられるのは、やはり海に面して開かれた巨大な窓です。横9メートル、縦6メートルというその大きさにも度肝を抜かれますが、建物が建っているのが海に面した崖の上で、その下には江ノ電と国道134号が走るわずかな「隙間」の土地しかなく、屋内から見えるのがズバリ海と水平線の彼方のみという贅沢さにも驚きです。
訪ねた日は、天気のよい風の強い日で、目の前の海は陽光を反射してきらきらと輝き、波風でざわめきたっていました。そして、水平線の彼方には雲間から差す強い太陽光線の筋がいくつもでき、右手には江ノ島がくっきり。この家の住人は、毎日この眺望を独り占めしながら生活をしているというわけです。うらやましい!
「じつは、あまり時間がなくて、2000年の6月から実設計に入り、9月には施工開始、12月には竣工というスピードでした。施主の方は、映像関係の仕事をされている人で、『全部おまかせするから自由にやってよい。ただし時間だけはない』と。おかげさまで、思い切った仕事ができました」 と手塚貴晴さんは話します。なるほど、映像関係の仕事をされている方なら、この海をスクリーンに見立てた建物の発想をすんなり受け入れられたのもむべなるかなという感じです。
手塚さんの案内で室内をぐるりと見てまわりましょう。
玄関を開けると真っ白な細い廊下、その先には切り取られた真っ青な海が…。まるでどこかの南洋のリゾート地に空間移動した気分。廊下を抜けると、1、2階をぶち抜いた巨大なリビングで、その真っ正面が太平洋を臨む9×6メートルの窓です。右手には仕切のない機能優先のキッチン、左手はストーブのあるリビング&ダイニング、床は白木で床暖房が全面に入っているそうです。しかし、外部ブラインドが遮りきれない日光がさんさんと降り注ぐリビングは12月でもかなりのあたたかさでした。
リビングの右後ろ側、つまり廊下に隠された部分は浴室で、左後ろ側は施主のお父さんの居室ですが、一枚引き戸を開けると、そこはすぐ海を臨む大空間というわけです。そして、キッチンの脇、右手の壁に張り付くように備え付けられた鉄製の階段を上ると、そこは大空間を見下ろすご夫婦の寝室とトイレとなっています。
「このトイレ、ぼくは世界一のトイレと呼んでるんですよ。ほら、中に座ってドアを開放すると、海が目の前なんですね」
と手塚さん。この巨大な窓を実現しながら、室内を快適な温度に保つために、床暖房のほか特注のストーブを設置するなど工夫も凝らされたそうです。
「通常、ストーブはガラス窓から少し離して据え付けなければならないんですが、特殊な反射板を後ろに付けることでこの問題をクリアしました。そういう細部にこだわった工夫もいっぱいあるんですよ」(手塚さん)
朝起きて一番に飛び込んでくるのが、その日の海の表情、そして春夏秋冬の海の顔、また夜の海の顔……。きっとこの家は、映像作家のご主人の創造意欲を大きくかきたててくれることでしょう。(写真右は建築家の手塚貴晴さん、由比さん)