30代から資産形成をするためには、子どもに教育費をかけ過ぎないことが重要です。私たちは、教育や教育費に対して次のような思い込みを持っています。

子どもに対する親のノルマ?

子を持つ親の責任感から、私たちは次のような「ねばならない」を抱いています。

* 子どもの学力をあげるには良い学校に行かせねばならない
* 世間で評判の良い学校とは、自分の子どもにとっても良い学校である
* 進学、就職が優秀な学校は、子どもにとっても良い学校である
* 学校を出なければ社会で働く資格がない
* 学歴が良ければ、幸せになれる

そもそも、良い学校ってなんでしょう?世間一般的に言えば、それは学力の高い子どもがいること、むずかしい入試を突破した子どもをたくさん輩出していること、そして人気のある会社や組織にたくさん就職していること。この3つの概念に集約できると思います。まあ、中には野球で甲子園に行ける高校とか、厳しい躾をしてくれるいる学校などを「良い学校」と呼ぶ人もいますが、それは特異なケースです。

しかし、「良い学校」に行けた人は幸せになれるのでしょうか?幸せになる確率が高くなるのでしょうか?そして「良い学校」に行けなかった人は幸せになれないのでしょうか?

ここで成功者と思われている有名な人の学歴を調べてみました。

良い学校は成功者を輩出するワケでもない

成功者たちの学歴を調べてみました。

孫正義

久留米大学附設高等学校を中退し、渡米(2月)。米国ホーリー・ネームズ・カレッジの英語学校(ELS)に入学。

ウォルト・ディズニー
地元の高校を中退後、陸軍を志願。戦争から戻ってきてデザイン会社に勤めるも、失業してやむなく起業。

尾田栄一郎
4歳で漫画家という職業を意識し、高校時代に投稿した漫画で入選。大学中退後に海賊漫画を発表。それが後の「ONE PIECE」の原型となる。

成功者には素晴らしい学歴の人もいますが、上の3人のように平凡な学歴の成功者が多いのも事実です。もしかしたら、「良い学校」に行かせることは、子どもが幸せになることにあまり関係がないのかもしれません。いや確実に言えることは、学校での成績が良いことと幸せな一生を送れることとは明らかに無関係であるということです。

卑近な例ですが、私の勉学環境も実は大したことはありませんでした。その頃は家計が苦しかったので私立高校という選択肢は考えられませんでした。当然に普通の都立高校に行きました。私の通った都立高校は青春を謳歌するという気風がたっぷりの学校で、進学指導などは消極的でした。進学校ではありません。ですから、私は自分一人で大学受験の計画を立て、予備校にときどき通った程度で、ほとんどを独学で通しました。

とても運が良く私立大学の難関の学部に入学できました(高校の先生たちは平凡な成績の僕が現役入学したので相当に驚いていました)。しかし、入ってみた大学はとても勉強の場所とは思えず、合コンとスポーツに明け暮れていたのです。ただ、回りに野心的な青年が多かったことは良い影響を与えてくれたかもしれません。

ごめんなさい。私の自慢話をするつもりは毛頭ないのですが、どちらかというと学力高進という意味では劣った環境の中で、頼るモノが見つからずに自問自答しながら歩んできた感じがするのです。そう、私の場合には、学校には頼れないという意識が幸いして、自分でなんとかしてきたのです。

良い学校に執着する姿勢とは、学校という周辺の学習環境に最初から依存する選択といえるかもしれません。そして、良い進路とは、依存できる学習環境である場合もあるし、私のように自立してやらざるをえない環境である場合もあります。成功者たちの話を聞くと、悪路こそ鍛錬の場であったといえるケースがとても多いのです。

「そうはいっても、子どもを良い学校・良い進路にやることが親の務めだ」と思っている方に考えてほしいこと>>