クレープシュゼット春(950円)
吉岡シェフの数多いデセールのレパートリーの中でも、スペシャリテの一つがこちら。フランスのレストランでも定番のデセールとして知られる「クレープシュゼット」。19世紀のフランスで活躍した菓子職人アンリ・シャルパンティエが若かりし頃に、イギリス王太子とその恋人シュゼット嬢のために考案したとも伝えられるクラシックなデセールです。クレープを柑橘などのソースで煮詰め、お酒でフランべするのが醍醐味。
吉岡シェフ流のポイントは、まず、季節によって素材が変わること。トラディショナルなものは、オレンジ果汁と、グランマルニエといったオレンジのリキュールを使いますが、私がいただいた時は「清見オレンジ」を使ったものでした。この柑橘は、日本の温州みかんと海外のオレンジを交配させたもので、みかんのようなみずみずしさと、オレンジのような香り高さ、爽やかさを併せもっています。
柑橘ばかりでなく、時には、苺を使ったクレープシュゼットなども登場するそうです。その日、その時が旬の素材を選び、臨機応変にデセールに仕立てる感覚は料理人に近く、まさにレストラン経験の長いパティシエならでは。
また、2つ目のポイントは、お客様が思わず注目してしまうようなプレゼンテーション。たとえば、このデザートの最大の見せ場となる「フランべ」。よく見られるのは、フライパンにお酒を注ぎ、そこに火を移して青い炎を燃え上がらせる、というものですが、吉岡シェフの場合は、より繊細な仕事を見せてくれます。まず柑橘の皮をするすると長く剥き、それをフォークに刺しておきます。一方、小さなキャセロールにグランマルニエ酒を熱し、青い炎が上がったら、その炎を注ぐように、掲げ持ったフォークの先でらせんを描く柑橘の皮を伝わらせ、液体をフライパンの中のクレープに注いでいく……。一連の流れがあまりにもスムーズで美しく、思わず息を止めて見とれること数秒間。柑橘の皮に閉じ込められた香りの成分がフランべの熱により解き放たれ、クレープを華やかに包み込みます。
上には、マダガスカルバニラのアイスをのせて。フライパンから下ろしたばかりの熱々のクレープに冷たいアイスクリームという、温冷の対比が楽しめるのも、デセールならではの大きな魅力です。
「ピスタチオのスフレ」(1200円)
スフレもまた、吉岡シェフのスペシャリテの一つ。実はこの日、メニューには載っていなかったものの、本日のお薦めとして教えていただきました。ローストしたピスタチオのペーストを使っているので、色は「緑」というよりは「くちば色」。でも、食べてみると、ふわふわの口当たりと共に、香ばしく濃厚なピスタチオの風味が存分に味わえます。中にチョコレートガナッシュが隠れているので、途中から混ぜて違う味も楽しめる仕掛け。
生のアーモンドを思わせるスライスしたマカダミアナッツ入りのアイスは、カリカリとも異なる、何とも癖になる不思議な食感。熱々スフレ生地と交互にいただいても、一緒にスプーンにのせて、異なる温度の取り合わせを楽しむのもいいですね。
スフレも又、季節で素材が変わり、様々なパターンで登場するそうです。ちなみに、焼きあげるのに時間がかかるため、食べたい時は最初にお願いし、待っている間は他のデセールやケーキを食べるというのが、 “通”のオーダーです。
さて、ここでいくつか、「アトリエ・コータ」を訪問する際に役立つ上級ワザをご紹介します。まず、「席の予約が可能」ということ。そのシステムを活用すれば、行ってみたら満席で座れなかったということもなく安心です。また、デセールを作る数にも上限があるので、お目当ての一皿があれば、あらかじめお伝えして、取り置きをお願いするといいですね。
この日は、既に顔なじみといった雰囲気のお客様が、さりげなく「フレンチトースト」をリクエスト。メニューにはありませんが、吉岡シェフが用意されたのは、大きく焼いたブリオッシュ風の生地。その分厚さにびっくり!通常は、食パンなどで作るフレンチトーストを、生地自体にバターと卵たっぷりのリッチな生地で作ったら、どんな贅沢な味わいになるのでしょうか……? 常連さんの間でひそかに知られた人気裏メニューだそうです。2回目、3回目以降のリピート利用の際には、ぜひお試しを!
デセールが何より魅力の「アトリエ・コータ」ですが、もちろん、生菓子のショーケースや焼き菓子の棚もあり、そこにも、吉岡シェフらしい個性が光っています。
次のページでは、持ち帰りできて、手土産にもお薦めの生ケーキや焼き菓子をご紹介します。