「津波てんでんこ」の常識は徹底されていたのか?
気仙沼の津波が洗った場所。左上の住宅地は被害がほとんどない
津波に飲み込まれた釜石の中学校では500余名の生徒が、教師の指示を待たずに高台への避難を開始、全員が難を逃れています。この学校では津波発生時にはとにかく教師の指示がなくとも自分の判断で高台へ避難するという指導が徹底されていました。全員が高台に避難したその数分後、校舎は津波に飲み込まれてしまったのです。またある地域では最初の第一波を回避できた後に、すぐに自宅近くに戻ってしまった住民もいて、その多くはさらに発生した第二波の津波に飲み込まれてしまう結果となっています。
変えなければならない「津波の新常識」
この三陸という場所では何度も言うように過去、多くの「大津波」が発生し、数万人規模の被害が発生しています。それがゆえの防波堤、防潮堤が建設されていたわけですが、それは「絶対」的な安全を保障するものではなく、一定の「減災効果」しか持っていません。今回は15mを越える津波が海岸を襲ったわけですが、ならば20mの防潮堤が建設可能かというとそれは自治体の予算や、現状の技術面でも不可能であり、「ハード」の津波対策には限界があるということを改めて認識せざるを得ないのです。つまり、「津波被害」を最小限にするためには、ソフト面での対策をさらに徹底するしかないのです。あの世界一の防潮堤は、破壊され、越えられてしまったものの、市内に流れ込む速度を「6分」遅らせることが出来たとの試算もあります。その6分の猶予があったことで、より多くの人が避難場所へと移動できたことでしょう。その避難行動へ、いかに早く頭を切り替えることができるか、それぞれの場所が避難方法・経路をマニュアルにして沿岸住民全てに徹底させること、さらに日本国民全体が、津波とはどんな災害なのか、海岸に自分がいた場合には、どうすればその被害から逃れることが出来るのかを再認識することが必要なのです。
この津波災害で新たに認識すべきことは
- 防波堤や防潮堤は完璧ではない、地震発生したら高台に避難する
- 防災無線などによる警告よりさらに前に、自分の判断で緊急避難すること
- 3階建てのコンクリートの建造物も絶対ではない。事前に避難経路を確認しておき、海岸地域からいかに高台に移動するかが生死を分ける
- 津波は第一波で終わりではない、さらに第二波が訪れる。警報解除前に戻るのは厳禁
- 地震津波は震度に比例しない。わずかな揺れでも大きな津波は発生する
住民の多くは、地震が多発していた地域がゆえの「慣れ」が多くの被害者を発生してしまったことを認識しています。しかし被災地域以外の国民も、この津波災害がいかに恐ろしい自然災害であることを忘れずに、津波発生=緊急避難の対応をしっかりと胸に刻み込んで欲しいと思います。