新たな教訓と津波への対処法の変化

気仙沼1

気仙沼の鹿折地区は津波の後に大きな火災が発生した

東日本大震災。日本史上最大の災害が起こってしまいました。最も被害の多かった宮城県では1万5000人を超える死者・行方不明者数が発生しています。岩手県・福島県や他県の被害を合わせて、最終的には3万人を超えるでしょう。この甚大な被害はなぜ起きたのか、そして防ぐことは出来なかったのか。最も被害の大きかった宮城県・岩手県の5つの被災地を回って、今回の津波被害を検証して来ました。

宮城県・気仙沼は幼少時によく訪れていた場所。今も親類が住んでいますが、今回の津波では辛うじて難を逃れることが出来ました。この東北の太平洋沿岸地域は過去何度も大きな津波が発生しています。当然、世界においても最高の津波対策が行われており、世界最大の防潮堤、防波堤が各地に建設され、岩手県普代村に設けた高さ15mの防潮水門など、一定の効果を上げており「役に立たなかった」というわけではありません。もしもそれらの施設が無かったとしたら、さらに数万人単位での死者・行方不明者を増やしていたのは間違いないでしょう。

それでも10mを超える津波は各地で多大な人的・物的被害を発生させています。津波被害を最小限に抑えるハードの対策はもちろん重要ですが、それ以外にこの被害をもっと小さくする方法はなかったのでしょうか。

東日本大震災の報道では当初から「想定外」の言葉が多用されていました。しかし地震災害の防災対策は「想定外」も含めてあらゆる対策を考えることが基本です。現地で被災者の方々の話を聞いていると「防潮堤」があるから大丈夫と思った、など「万全」と思われる準備をしていたゆえの避難の遅れがあったことは間違いありません。これらのソフト面でのこれまでの「常識」が改めてここで問われることになったのです。

変えなければならない、津波の新常識とは? >>