ペン型インスリン注入器
インスリンペンは1985年からの登場です。
30年前はうるさいことを言われませんでした。なにしろ経口薬も数種類しかなく、ヘモグロビンA1Cもなく、自己血糖測定器もなく、食事制限で減量する以外はほとんどすることがなかったのです。

私が成人型糖尿病(今はこういう糖尿病名はありませんが)と言ってもいい!と診断された30年前、つまり1978年の地球上には、信じられないでしょうが統一された糖尿病の診断基準がありませんでした。だから「……と言ってもいい」という表現がついていたのでしょう。当時の資料はもう散逸してますが、75gブトウ糖負荷テストのカーブは鮮明に記憶に残っています。まちがいなく2型糖尿病だったのです。

糖尿病の診断基準も治療法も各大学、さらに言えば各教授によって流儀がありました。治療に流派があるなんて、サイエンスではありませんね。
「私の仕事は病気の診断です」と言い切った著名な医師と出会ったことがあります。言外に治療はマニュアル通りですから誰にでも出来るというニュアンスがあります。
今日ではどうでしょう?糖尿病です!と言われたって意味をなしませんね。これからの糖尿病のある人生をどう生きるかが私たちの問題です。

私の糖尿病小史


1978年 私が糖尿病と言われた年ですが、日本では新しいSU剤(スルフォニール尿素材)のグリベンクラミドが使われていましたが、アメリカではSU剤そのものが否定的でした。
アメリカの12の大学が行った治験(UGDP)でSU剤の使用が心臓死を増大させるという結果が出ていたからです。UGDPは後にいろいろ検証されてスタディデザインと統計処理に問題があったという事で歴史から消えましたが、当時はアメリカでは(2型)糖尿病でもインスリンを使うという時代でした。

1979年 インスリンポンプがアメリカで初めて実用化されました。とても大きくて重いものなので、バックパックやショルダーからぶら下げていたものです。

この年、ヘモグロビンA1C(エー・ワン・シー)が過去数ヵ月の血糖コントロールを測る指標として開発されました。患者全てに応用されるのは先のことです。

1981年 アメリカ糖尿病協会が公式にI型糖尿病(インスリン依存型糖尿病)、II型糖尿病(インスリン非依存型糖尿病)、妊娠糖尿病の診断基準を発表しました。糖尿病にはヤセ型(小児型)と肥満型(成人型)があるのは1950年頃から知られていましたが、学問的に認めたのはこんなに新しいのです。なお、I型(インスリン依存型)とかII型(インスリン非依存型)という表現は現存は使いませんので注意してください。

1982年 遺伝子組換えの技術で、初めてのヒトインスリンがイーライリリー社(アメリカ)で作られました。1921-1922年のインスリン発見以来、インスリンはブタやウシのすい臓から抽出精製されていたのです。これらはアミノ酸構成がヒトと少し違うので、アレルギーなどの問題や原料供給の面で課題がありました。

同年、アメリカ糖尿病協会は自己血糖測定をインスリンを使うI型糖尿病や厳格な血糖コントロールが必要な妊娠糖尿病に用いるように勧告しました。

1988年 血圧降下薬のACE(エース)阻害剤が認可されました。後のARBと共に、糖尿病の腎障害などの合併症の予防にもなる有力な高血圧薬です。糖尿病患者には画期的な高血圧の薬です。

1993年 糖尿病治療の指針となるDCCT(糖尿病コントロールと合併症トライアル)がアメリカで発表されました。I型糖尿病者がなるべく正常血糖値に近づけることで合併症を遠ざけることが科学的に証明されました。

1996年 初めての超速効型インスリン(リスプロ)がイーライリリー社から発表されました。(USA)

1998年 UKPDS(イギリスの糖尿病前向き研究)によって2型糖尿病者でもタイトな血糖コントロールをすることによって合併症を減らすことが出来ることが証明されました。

2008年 非伝染性の疫病として糖尿病が全世界にまん延しています。しかし、30年と比べると血糖コントロールは格段に容易になっています。

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