2ページ目 【「自由の使者」を自認するアメリカ軍はいつまでイラクに駐留するのか?】
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【決して避けて通れない戦後処理──「クルド人問題」と「国連の再建」】
イラク戦争がくさびを解き放った「クルド人問題」
さて、どんどん問題は大きくなっていきます。次にアメリカ、いや世界が直面するのが、「クルド人問題」です。人類史上初めて、一般市民の無差別殺害にサリンが使われたのは、松本サリン事件ではありません。イランの国境に近い北イラクのクルド人地区・ハラブジャで、1988年、フセイン政権はサリンやVXガスを混合したガスを散布、これにより少なくとも五千人の市民が死亡しています。
なぜ、フセイン政権はクルド人を攻撃してきたのか……クルド人の自治要求が強かったこともありますが、決定的だったのは、イラン・イラク戦争(1980~88)で、イラク系クルド人とイランとの関係が深まったことにあるでしょう。
イラク系クルド人の反政府組織は、イラン・イラク戦争の時、イランの支援を受けていました(反面、イラン系クルド人はイランから弾圧されているのですが)。その報復、そして、軍事的要衝だったハラブジャがイランによって一時占領された、それに対する奪回作戦が、「クルディスタン(クルド人の土地)のヒロシマ・ナガサキ」といわれる、ハラブジャ事件だったわけです。
このとき、クルド人をアメリカが「人道支援」していたなら、様相は変わっていたかも知れません。しかし、黙認していました。そうしなければ、湾岸戦争も、イラク戦争も、なかったかもしれません。
同盟国トルコのためにクルド問題をおきざりにしてきたアメリカ
なぜアメリカが何もしなかったのか。政治エリートたちが無知だったからではありません。「イラクのクルドを救うと、トルコのクルドが勢いずく」ことがあったからです。実は、トルコのクルド人の方が圧倒的に多いのです。トルコのクルド人は約1870万人。実にトルコ人口の28%を占めます。彼らも当然、自治を要求しています。
しかし、トルコは、クルド人地区に多くの地下資源があることもあり、これを拒絶しています。それどころか、「クルド人は存在しない、彼らは山岳部族である、よってトルコに民族問題は存在しない」と、トルコ政府は説明しています。
そうして、トルコでも、イラクほどではないものの、クルド人への圧迫、弾圧を続けているのです。反政府ゲリラへの弾圧だけではありません。手紙でクルドの権利を主張した人が禁固15年。クルド問題を国際社会に穏健にアピールした人が禁固15年。このような具合です。
EUへの加盟が認められない遠因の一つにも、このような人権侵害の実体がヨーロッパでは伝わっているからです。
しかし、トルコはNATO加盟国であり、アメリカにとって重要な、かつ中東をにらんだ地政学的も最重要な同盟国の1つ。そのため、アメリカはトルコで大規模なクルド人への人権侵害があるにもかかわらず、「見てみぬふり」を決め込んでいるわけです。
しかし、もうそうはいってられません。クルド人がイラクの大統領になりました。クルド人の政治的要求はトルコでも止められないでしょう。もうアメリカも、トルコのクルド人への人権侵害を、見てみぬふりはできないはずです。
それでも、見てみぬふりを決め込んだところで、クルド問題の再燃によって同盟国トルコの政情は不安定化し、比較的この問題に敏感なヨーロッパとの温度差もまた生まれるなど、アメリカにとっていいことはありません。
国連を立て直しが最大の「戦後処理」
そして、国連の立て直しです。「新・国連対制の樹立」これが、イラク戦争で崩れてしまった90年代型国連体制──先進各国の協調を優先する体制──を補完するための、重要な仕事でしょう。「無力化」がいわれる国連ですが、イラク戦争前夜はむしろ「大きく機能した」わけです。アナン事務総長はアメリカの軍事作戦の調停に動き、フランスは拒否権をちらつかせ、結局、国連安保理はアメリカに決定的な「イラク制裁の権利」を与えませんでした。
このことは、国連がむしろ大きな役割を期待されていたことを示しています。アメリカの暴走を防ぐ「砦(とりで)」として、国連は機能しようとしたわけですし、他の国もそうしようとしました。
しかし、アメリカは、むしろ国連が機能して待ったからこそ、日本を含めた「有志国」の支持のもと、国連の授権なしに戦争を始めてしまうことになりました。なんとも皮肉なことです。
国連活動は世界すみずみまで行き渡っていて、もう戻れない
そこで、「国連は終わった」論が浮上してきています。国連が世界の安全を保障するというのは、「幻想」でしかなかったのでしょうか。しかし、国連の活動が多岐に渡っていることを無視して軽々に「国連の役割は終わった」では、困ってしまいます。われわれは、それを認識しなければなりません。
現在、世界各国で20あまりに展開されているPKO。難民援助。途上国支援。地球環境問題。ほかにも、途上国の児童教育。人類遺産の管理。食料を中心とした人道支援。
……これら、国連が60年の歴史の中で積み上げてきたものを、簡単に「終わらせてしまうこと」は、無責任ですし、かつ、無理な話です。
まさに、アメリカなど「有志国連合」の最後の大仕事は、この国連改革です。国連の権威を、再びよみがえらせなければなりません。アメリカも、いつか国連に頼る日がくるでしょう。実際、国連は彼らが作ったものなのですから。
日本も、アメリカがどうこういう前に、国連再建に積極的に取り組むべきです。日本が常任理事国入りを果たすかどうかは、その結果としておのずとついてくることなのでしょう。
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●海外メディア CNN・BBCなど海外メディアによる政治の情報・解説サイトまたはページ。韓国三大新聞の日本語版サイトにもリンク。
◎各国のクルド人人口と比率