(2002.06.09)

1ページ目 【サッカー戦争の真実】
2ページ目 【多重国家ベルギーを1つにまとめるW杯】
3ページ目 【W杯でかえって分裂? イタリアの地域対立とサッカー】

【サッカー戦争の真実】
軍事政権によって利用されたサッカーと愛国心


もりあがってますね、W杯(もちろんWaseda Capではありません。サッカーの、ですよ)。携帯がつながらないとかいろんな事件も起きていますし。

そして目をひくのが各国サポーターの熱狂ぶり。なんでサッカーにここまでアツクなれるのか、というくらいにみんな熱心ですよね。

そんな「アツイ」サッカーによって戦争まで起こってしまったというのが有名なサッカー戦争。W杯ラテンアメリカ予選で激突した隣国どうし、エルサルヴァドルとホンジュラスが予選終了後ほんとうに戦争してしまった、というものです(1969年)。

 

いや~、サッカーってすごいね、みたいな文脈で語られるこの戦争。しかし、この戦争で最初に攻め込んできたのは予選で勝った側のエルサルヴァドル。サッカーをきっかけにして始まったにしてはあまりにも悲惨な戦争の状況(死者2千人とか)。サッカーだけで本当にこうなるものでしょうか。

この当時、両国の関係はあまりかんばしくありません。ホンジュラス国内に大量のエルサルヴァドル国民が不法に入国、農業を行う問題があり、この両国、けっこう険悪になっていたようです。

しかもエルサルヴァドル国内は当時、軍事政権のもとにあり、しかもキューバ革命に影響を受けた左翼勢力が台頭するなど非常に不安定な情勢だったのです。事実、サッカー戦争の翌年には左翼勢力によるゲリラ闘争が始まり、1980年代には数万人が犠牲となる泥沼内戦へと発展しています。

内戦前夜の雰囲気ただようなか、軍事政権は国民の目をそらすためW杯を利用、戦争で国民のナショナリズムをあおり軍事政権への支持を集めようとした。これが、サッカー戦争の真実のようです。

これと似たような図式で始まった戦争がやはりラテンアメリカの大国アルゼンチンと、イギリスの間で起こったフォークランド紛争(1982年)。これも、アルゼンチンを支配していた軍事政権が当時の深刻な経済危機と左翼の台頭から国民の目をそらすため行ったもの、といわれています。

ともかく、戦争を始める口実に利用されてしまうくらいの影響力を持つサッカー。ヨーロッパでは、サッカーが地域の対立をやわらげる「装置」として大きな意味を持っているところもあるようです。次ページでベルギー、イタリアの例について解説していきましょう