トロワ・シャンブルの系譜
アーユルヴェーダを受けるために降り立った仙川の街は、予想もしていなかった“都会”ぶり。「シティハウス仙川」など安藤忠雄建築が建ち並ぶ、通称安藤ストリート」も新名所のひとつとなっているようです。
予約の時間より30分も早く到着してしまい、こういう時こそコーヒーをゆっくり一杯、と駅前から続く商店街の細道をぶらぶらと歩いていった先でみつけたのがレキュム・デ・ジュールでした。
こんな出会いは、日々磨いてきたカフェの嗅覚がもたらす贈りもの。それはただ外側からカフェの看板を眺めて、素敵なお店であろうと判断するカンのようなものにすぎないのですが。
抑えたボリュームでジャズの流れる焦げ茶色の空間。杉の一枚板のカウンターに、古道具屋でみつけたという椅子。古い足踏みオルガン。自家製のゆずジャムを添えた、ふっくら焼けたトーストに、ネルドリップの深煎りコーヒー。午前10時、ジャズを聴きながらのモーニングコーヒーがこんなにも快いものだとは、新たな発見でした。
一度でお店のファンになってしまい、後日、あらためて取材にうかがいました。今回の記事では、下北沢の老舗珈琲専門店カフェ・トロワ・シャンブルで修業したオーナー、君波夫妻のお話をお伝えします。
ボリス・ヴィアンの『日々の泡』
君波さん夫妻は2007年7月に地元・仙川にカフェ&バーをオープン。コーヒーを飲む人とお酒を飲む人の比率は半々だそうで、夜でもコーヒー一杯から利用可能です。
Lecume des Joursなる店名は、ボリス・ヴィアンの名作『日々の泡』 (部屋や無機物の、それ自身が意志を持っているような描写が素晴らしいのです。岡崎京子が漫画化していて、こちらも素敵) の原題から。カフェの壁の目立たない場所に、『日々の泡』が何冊か立てかけてあるのをみつけました。
「ボリス・ヴィアンは作家、詩人であったばかりでなく、ジャズのトランペット奏者としても活躍していました。このカフェにもさまざまな職業のお客さまがいらっしゃいます。たとえば桐朋学園関係の音楽家や、建築デザイナーなどの方々など」と君波さん。
フランスの成熟したカフェ文化に惹かれ、このカフェも「一人の自由な人間というを立場を大切にしながら、他人に迷惑をかけずに楽しんでいただけたら嬉しい」と語ります。
次ページでコーヒーと「伊万里」直伝のシチューをご紹介しましょう。