好きであっても、気持ちよくプレーできるわけではない

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メジャーに鳴り物入りで入団しても活躍できず低調に終わる選手が確実にいる。その特性とはいったい……
ニューヨークが好きか、嫌いか。それは、プレッシャーに強いか弱いかと密接に関わってくる。いくら実力がある選手でも、ニューヨークの水に合うか合わないかで活躍できるかどうかが決まる。ずっとヤンキースかメッツのユニフォームを着続けられるか、すぐに追い出されるかが決まるのだ。

2004年メッツに鳴り物入りで入団した松井稼頭央内野手(現アストロズ)は、ニューヨークに合わなかった選手の1人である。彼はニューヨークが好きで好きでたまらなかったし、ニューヨークへの憧れはヤンキースの松井秀以上に強かった。ところが、好きであることと、気持ちよくプレーできる場所であることとは違う。そこにプレッシャーが存在する。

全米中を見渡せば、ニューヨークはいかに異常かがわかる。大都市といわれる場所、たとえばロサンゼルスやサンフランシスコ、シカゴにしても大きな地方都市という表現がピッタリで、自然環境も悪くない。それに比べてニューヨークは、メトロポリタン・エリアに800万人もの人が住み、日本の港区と同じ面積しかないマンハッタンはゴチャゴチャして人がうごめいている。よくボストンとも比べられるが、人口が60万人しかないボストンとはその規模が違い過ぎ、アメリカで「大都会」といえばやはりニューヨーク、になるのだ。

年俸に比例して上がるブーイングボルテージ

これだけ狭い場所にこれだけ多くの人間(人種)が住んでいれば、異常な状態になる。その一例がスポーツ観戦。とくに野球を観に来るファン気質が、明らかに他の都市とは違う。

アメリカのプロスポーツは、フランチャイズ制で成り立っている。大リーグももちろんその一つだが、「おらが街のチーム」を熱狂的に応援し、ビジターにはブーイングを浴びせるのは当たり前の光景だ。ところが、ヤンキースのヤンキースタジアムとメッツのシェイ・スタジアムはこの枠に収まらない。味方のいいプレーには惜しみない拍手を送り、相手には痛烈な野次とブーイングを浴びせるのは同じだが、味方にも平気でブーイングを行う。とくにチャンスでの凡退、ピンチでの被本塁打、選手交代や作戦ミスなどに強烈なブーイングが巻き起こる。

ここまでは「野球を知っている」ということで我慢ができるとしよう。問題はここから先だ。期待を何度か裏切り、いったん嫌いになった選手には、良くても悪くても、関係ない場面でも常にブーイングを浴びせるようになる。その選手の年俸が高ければ高いほどボルテージも上がる。これに呼応するのが、ニューヨークのマスコミだ。ニューヨーク・ポスト紙を始め、デイリーニューズ、ニュースデー、それにニューヨーク・タイムズに至るまで、ウイットに飛んだ見出しは付けるものの、内容は「ちょっと酷いんじゃないの」というのが多い。それもこれもファン(読者)にしか目がいっていないからだ。