田口壮、37歳。メジャーのトップ選手に名を連ねるイチローや松井秀喜とは違って、地味な存在だ。その田口がワールドシリーズの舞台で先発に名を連ね、チャンピオンという最高の瞬間を迎えるまでを振り返る。

田口の2006ポストシーズン


カーディナルスは2004年の雪辱を果たし、今年は最高の瞬間を迎えることになった
2006年シーズン後半に入り、田口は調子を上げてきた。シーズン終盤にカージナルスは外野の補強などをし、田口の出番は減ってきたものの、ポストシーズンに入り「絶好調」となった。代打または途中出場で、ワールドシリーズまでは打席こそ少ないものの4打数4安打4打点、2本塁打とカージナルスのリーグチャンピオンに貢献した。

そして迎えたワールドシリーズ、田口は全5試合のうち3試合に先発出場の機会を得た。11打数2安打と、それまでの絶好調をそのままというわけにはいかなかったが、しばしば印象的な活躍をした。小技や守備など、田口は自らに与えられた職務を全うした。特に第4戦、1点ビハインドの7回裏に代打で登場した田口は印象的だった。ノーアウト2塁の場面で、送りバントを命じられたのだ。

絶対に失敗のできない場面で、また代打・田口ということもあって、対戦相手のタイガースからすればみえみえの場面だった。しかしここで田口はバントを決め、エラーを誘い、自ら逆転のホームを踏む。カージナルス2勝1敗で迎えた第4戦終盤の攻防は、このワールドシリーズを決定する局面だったと、後から見ても思う。

ワールドチャンピオンと最高の瞬間


そしてこの第4戦をものにしたカージナルスは、第5戦も勝利し、見事ワールドシリーズチャンピオンに輝いた。翌日は歓喜の優勝パレード。祝勝会では、田口がメジャー入り後に生まれた息子、寛(かん)君を抱き上げ、最高の瞬間を迎えた。

ここに至るまでの田口のメジャー5年間の道のりは、山あり谷あり、笑いあり涙ありだったが、ずっと田口をウォッチし続けている者にとっては、彼が手にした栄冠は「当然の報酬」だと思えるのだ。では、田口のこれまでの歩みを振り返ってみたい。

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