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矢部次郎選手インタビュー もうちょっと現役にこだわりたい(2ページ目)

サッカーライター江藤高志さんが矢部次郎選手をインタビュー。矢部選手は昨年鳥栖を解雇され、来季プレーできるチームを探している。彼が語ったサッカーにかける思いをどうぞ。

執筆者:小野寺 俊明

鳥栖への移籍後、浦和を破る

だからなんとかして自分は環境を変えたかったんですけど、クビを覚悟していた4年目(2000年)に契約を許されて、もう一度がんばろうって思って臨んだキャンプがいいコンディションだったんです。だけどやっぱり思い通りに行かなくて、どうすればいいんだろうか、って相談した人が鳥栖とつながりを持っていたんです。すぐに『ビデオを送ってくれ』って話になって、縁があってレンタルで移籍する事ができました。名古屋のチームメイトは『J2ってなに?』とか『何チームあるの?』という感じだったんですが、ぼくはそういうのを調べ尽くしてたのでJ2のクラブへの移籍には抵抗なかったですね。その時一緒に移籍したのが三原(廣樹・現札幌)でした。

鳥栖にはエースのタケさん(竹元義幸・すでに引退)という人がいたんですが、(2000年23節のホームでの)レッズ戦でケガから復帰する予定でした。ただ、その試合直前の練習中にケガをするという事件があって、ぼくがその当事者だったんですよね。タケさんがずっとリハビリしていた事も知っていたんですが、タケさんのシュートチャンスがあって、その時にボールにタックルに行ったんです。ちょうどボールを挟んで両側から蹴る形になって。普通ならボールがはじき飛ぶはずなんだけど、飛んでいかなかった。

ぼくの足は無事だったんですがタケさんはまたケガをしてしまって。タケさんの両親も見に来ていて、だから頑張っていたという事もあったと思います。それで練習後にサプリメントとか小魚とか買って持って行ったら、タケさんは『気にするな、おれもトレーナーに止められていたし、それでもやっていた自分が悪いんだから』と言ってくれたんですがやっぱり申し訳なかったです。

で、タケさんが出たがっていたレッズ戦で三原が点を取った後みんながアンダーシャツに『20』て書いてたのを見せたんです。タケさんの番号です。で、おれもその日点を取ったんですが、すごく複雑な気持ちでした。タケさんが本来は決めたかったんだろうなと。だからぼくはシャツに『20』とは書けなかったですね。

その試合は2-0で勝ちました。開幕戦では7-0で負けてたんですけどね。その試合はぼくが鳥栖に入ってすぐの試合で、スタメンで出はじめて3試合目でした。相手には(小野)伸二がいて、福田さん(正博)がいて、岡野(雅行)がいました。

入団前の鳥栖はどべ(下から)2位くらいだったんですが、最終的に中位くらいまで盛り返したんですかね。最初は蹴ってばかりだったんですがぼくと三原がダブルボランチで入って、ワンクッションを置くようになったのが良かったんだと思います。もともとみんなサッカー好きな選手ばかりだったしがんばる選手ばかりだったから、パスを出せばどんどん走ってくれるし、雰囲気もすごく良かったですしね。
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