■感動を他人に伝えること、そのこと自体は、けっして止められない。だからこそ・・・
本作の主人公、小野は、マスメディアの世界に属している。自らの「感動」を広く他人に「押し付ける」ことのできる力を行使できる立場にいる人間である。だが、もし、そうでなくても、人は、人に、自らの「感動」を伝えようとするだろう。それは、一種、人のごく自然な欲求なのではないだろう。そのこと自体は、むしろ、人間の生を豊かにする、きわめて意味ある行為なのではないだろうか。
多義的で、個人的な「感動」。それを、伝える(あるいは創りだす)際、どのようなスタンスでいるべきなのか。著者は、本作で、自分自身の創作の姿勢とでもいうものに対しても、真正面から向き合っているように思える。
本作を読みながら、他人さまに「何かを伝える」職域に小指の先っぽあたりをひっかけ、生計を立てさせていただいている立場としてその生業そのものが内包する矛盾を感じずにはいられなかった。
そう、そもそもこんなこと、タラタラ書かずに、「一気に読んだ」「いろいろ考えさせられた」これだけでいいのかも・・・
と思いつつ、そうもイカンし、それじゃあ、かえってイカンのだ・・・などとも思いつつ。
逡巡しつつ、揺れつつ、だけど、せめて傲慢にはなるまい、と決意しつつ。
とにかく、少なくとも私にとって、「一気に読んだ」「面白かった」ことは事実です。
多分、多分ですが、少なからずの人にとって、そうだとも思います。
この本を買いたい!
■ひとつのジャンルに押し込めるにはあまりに力量のある著者ですが、あえて特定するならば、個人的には、このジャンルかと。情報チェックは、「ミステリ・エンタメ作品を読む」で
八王子市役所勤務を経て『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞してデビューした著者。話題になっているこの映画の原作者、荻原浩さんも『オロロ畑でつかまえて』で97年に受賞されています。
映画『明日の記憶』の情報チェックは「公式サイト」で。
著者はじめ、村山由佳、熊谷達也など直木賞作家を輩出、同賞の募集要項などは、「集英社 小説すばる新人賞」でチェックを。
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