気鋭の直木賞作家の最新作。昭和30年代、東京・下町を舞台に、常人にはない力をもつ少女を主人公にした、切なく温かく懐かしい連作集 『わくらば日記』 ・朱川湊人(著) ・価格:1470円(税込) この本を買いたい! |
■昭和30年代の東京を下町。常人には見えないものが「見える」美少女が「見てしまう」ものは・・・
直木賞受賞作『花まんま』、受賞後第一作『かたみ歌』に続き、昭和という時代に生きた人々を描いた連作集。
昭和30年代、見る場所によって本数が変わる「お化け煙突」が見える東京・下町で、母さまと姉さまの三人で貧しいなからも仲むつまじく暮らす「私」。
美しく儚げな姉さまには、人や物の記憶が見えるという不思議な力があった。いじめっ子の秘密をいいあて、「私」の友人の弟をひき逃げした車のナンバーを透視する姉さま。小学4年生の「私」は、親しくなった若い巡査に姉さまの力のことを話してしまう。それをきっかけに、姉さまは、いくつかの事件の解決に協力すること。小さな子どもも含めて一家5人が惨殺された事件の現場で惨劇のすべて、嵐の夜に出会った過去のある女性・茜を襲った危機・・・
姉さまの力は人を救いもしたが、無垢な彼女は、事件の背後にある憎しみや虚無をも「見て」しまうのだった。少女の不思議な力で、事件が解決されていく様とその影にある人間の悲哀を、貧しくとも人の温もりに満ちた時代に少女であった女性を語り部に、美しい筆致で綴られる。
常人にはない力を持つ人物、それも美少女というのは、書き手にとっても、読み手にとっても、なかなか魅力的な存在だ。他の作品にも少なからず登場するが、本作の少女・鈴音の持つ力は、その中では、かなり「微力」の範疇に属するだろう(少なくとも、この作品に限っては)。本作における彼女の「力」は、彼女の生活を根こそぎ変えていくような強力なものではない。妹に、ときには警察に乞われて、その力を発揮し、いくつかの事件を「見る」が、彼女の生活自体は、ごく淡々と続いていく。
語り手である妹の活発でやんちゃな妹や、穏やかだが芯の強い母や、ひょんなことから姉妹同然に過ごすこととなる女性たちとともに日々を紡ぎ、近所に越してきた大学生に淡い恋心を抱いたりもする。
ただ、彼女が「見てしまう」人の悪意や虚無や憎しみの影が、少しずつ、少しずつ、その儚げな肉体に染みこんでいくのだ。