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『バスジャック』

問題作『となり町戦争』で衝撃的なデビューを果たした著者の第二作。日常と地続きのようでありながら、異なる位相をみせる世界を独特の筆致で描いた7編、その魅力の真髄とは?

執筆者:梅村 千恵


『バスジャック』
バスジャックがブームになり、能楽に見立てた形式が浸透し、「バスジャック規正法」なる法律も施行・・・日常の輪郭が溶け出したところに現出する世界をえ害他7編を収録 

『バスジャック』
・三崎亜紀(著)
・価格:1365円(税込)

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■問題作『となり町戦争』でデビューした著者の第2作。一見強固に見える“日常” “常識”“現実”に潜む流動性を描く
 バスジャックがブームになり、能楽に見立てた形式が浸透し、「バスジャック規正法」なる法律も施行。そんな状況のもとで、あるバスジャックに遭遇した主人公は・・・(表題作)、突然、出奔した母を訪ねて海辺の町に赴いた少女は、そこでマネキン人形のように動かぬ人と暮らす人々に遭遇する(『送りの夏』)。日常と地続きのようでありながら、異なる位相をみせる世界を、淡々とした独特の筆致で描いた7編を収録。

 著者は、戦争が日常に同化する世界を描いた『となり町戦争』でデビュー、今もっとも注目を集める新鋭の一人だ。『となり町戦争』は、戦争が遠いところで起こっている “非日常”のものだという “常識”の枠内で論じられることへの違和感が全編をつらぬく作品だが、本作を読んで、やはり、「違和感」というワードが、この作家の核ではないかと感じた。

 恋人と自分との記憶が異なっていることに戸惑う主人公を描いた『二人の記憶』、自身の身体を使って動物になり観客に視られることを仕事としている女性を描いた『動物園』・・・本作の収録作品に共通するのは、「記憶」「視覚」「生死」といった強固な枠組みを持ったものとして認識されているものが、実は不確かで曖昧な輪郭しか持たないことを前提としており、その輪郭の溶け出したところに現出する世界が描き出されている。
 
 読み進むうちに、じわじわと、ぐらぐらと、妙な感じ、揺れが心の内に広がってくる作品群。好みもあるだろうが、この「妙な感じ」「揺れ」というのも、私は、小説を読む醍醐味だと思う。「記憶」とは何か、「視覚」とは何か、「戦争」とは何か・・・そういう問いに対する何らかの答えを期待して本作を読むと、「何も書かれていない」「何も言っていない」(『となり町戦争』に対しては、そういう批判が少なからずあったようだ)ということになるだろう。だが、問いに答えを与えることが、果たして小説の役割だろうか?
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