地球の「裏」での幸福な時間。「表」に戻ってきた教師カップルを待っていたものは・・・桐野夏生、最新短編集 『アンボス・ムンドス』 ・桐野夏生(著) ・価格:1365円(税込) この本を買いたい! |
■人間の悪意、アンモラルさ「そのもの」を「ほのめかし」なしで描ききる
『柔らかな頬』で直木賞、『グロテスク』で泉鏡花文学賞、2004年、『残虐記』で柴田錬三郎賞受賞などなど、輝かしい受賞歴をもつ著者。括弧たる地位を確立している作家であるのは言うまでもないが、その創作姿勢には、妥協や迎合といったものが一切ない。そう、つくづく、容赦のない作家である。最新作である本作を読んで、そう再確認させられた。
表題作の主人公であり語り手は、同じ小学校で働く男性の教頭と不倫関係にある女性教師。「裏の関係」を生きる二人は、人生で一度の思い出に、ある夏休み、「地球の裏側」であるキューバへと旅立つ。このまま人生の時間が止まってしまってもいい――不吉とも思えるほどの幸福感に酔う二人がかの地で聞いたのは、彼女が担任していた5年生の女子児童が友人たちと遊びに行った地で転落死したというものだった。友人たちが死にゆく彼女を励ましたという美談がマスコミで取り上げられたことで、担任が不倫旅行をしていたことも白日の元にさらされ、「表」の世界に戻った二人には非難の声が集中する。文字通り、針のむしろの日々。そんな中で、主人公は、生徒の死に不振なものを感じ始め・・・
表題作以下、文豪の「妻譲渡事件」に発想を得、無頼で芸術的なる人生を送った有名作家の子として生まれた女性が抱き続けてきた葛藤を描いた『浮島の森』、冴えない女性のそれぞれの“暴走”を描く『毒童』、『植林』、ある女性が体験したアンモラルな性の記憶を描いた『愛ランド』など7編を収録。
作品に共通するのは、人間の悪意やアンモラルへの傾倒を存在を容赦なく描きだしている点である。まさに、著者の真骨頂である。彼女の凄いところは、悪意やアンモラルさを「ほのめかす」のではく、それが表出し、世界を変えてしまうところまで描いてしまうことである。本作でも、登場人物たちの「黒さ」は染み出し、他の人を巻き込み、彼らの世界をも反転させる。
そして、彼女の描く悪意やアンモラルさは、善意やモラルを引き立てるための道具ではけっしてない。そう、彼女は、それそのものを描く。たとえば、物語の終幕で、悪が善に転換する瞬間を心のどこかで期待して読んでいると、その思いは、みごとに裏切られる。
彼女の作品の読後感を端的に言い表すとすると、そう、バサッと身体を斬られたような、そんな感じである。
そして、それが、どういうわけか・・・