『花まんま』
祝!直木賞受賞!大阪の下町を舞台に、「ちょっと昔」の不思議な出来事を描く、新感覚ノスタルジック・ホラー作品集

『花まんま』
・朱川湊人(著)
・価格:1650円(税込)

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■第133回直木賞受賞作。大阪の路地裏を舞台にしたノスタルジックホラー6編。行間から夕餉の匂いが漂ってきそうな空気感

 第133回直木賞受賞作。昭和30~40年代、「ちょっと昔」の大阪の下町を舞台に、その頃子どもだった登場人物たちが出会った不思議な現象を描いた6編を収録。

 父が他界し、妹に対して保護者的な感情を抱いている少年。突然、幼い妹が大人びた言動をはじめ、自分はある人物の生まれ変わりだといい始める・・・表題作はじめ、下町の路地の奥に住む朝鮮人の少年の死後、そこに現れる幽霊(『トカピの夜』)、大人になりかけの少女が出逢った不気味で甘美な感触を持つ不思議な生物と、その生物がもたらした意外な結末(『妖精生物』)、人を死に至らしめるという呪文を伝承してきた老人の手伝いをさせられた少女が見た生と死の淡い(『送りん婆』)・・・

 どの作品も、四十歳前後の「町育ち」の方にとっては、郷愁かきたてられる空気感に満ちている。行間から、家々の台所の窓からもれてくる夕餉の匂いが漂ってきそうな・・・
 いきなり、超・個人的なことになってしまうのだが、これらの話の舞台となっている、大阪の下町は、かなり私の故郷に近い(Sという下町だとか、T新地とか、伏字の地名は、ああ、あそこだよね、とわかってしまう)。それだけに、本作を読み終わったとき、懐かしいというより、苦い、いや、痛い感触が襲ってきた。
なかでも痛かったのは、『トカピの夜』。大阪の下町の路地と裏に住む小学生である主人公が、在日朝鮮人の友人の幽霊に出会う物語である。資本主義社会においては「下層」といえる場所で生きる人々、その彼らの蔑みの対象となっている人々、そこに住みながら、「自分たちは違う」と思っている主人公一家。このような構造は、そのまま私の原風景に重なる。朝鮮人の子どもの幽霊を見た際に、彼に親近感を感じながらも、親しい関係性を築くための一歩を踏み出せなかった主人公の心に沸き起こった思いは、苦いリアリティーをもって胸に迫ってくる。連鎖する差別意識は、大人がたとえ言葉にして伝えなくても、子どもの心に着実にしみこんでくるのだ。

■人が寄り集まっていきるところに溜まる「澱」。そこから生まれてくる「怪」を描き出す
 この作品で描き出されているように、人間が密接に寄り集まって生きるところに生じる人間関係には、いわゆる人情といったポジティブなものだけではなく、陰性の汚泥のようなものが生まれ、それが澱としてたまっていうように思う。それは、たとえば、差別とか嫉妬であろう。そんな澱を母胎にして、女性になりかけの主人公のざわめかせるクラゲのような物体(『妖精生物』)のような妖しいものたちが立ちあがってくるのかもしれない。


 本作が舞台とする路地裏のような閉じた共同体では、人間は、不気味で不可思議でありながら、どこか近親感と可笑しみを伴ったようなものたちや現象と共存して日常を生きてきた。地域共同体の崩壊によってこの関係が喪われてしまい、それゆえに本作で描き出された世界が懐かしい・・・といった見方もできるだろうし、それはそれで、本作の魅力の一端を言い表しているとも思う。だが、私は、この「懐かしさ」だけが、本作の魅力のすべてだと思わない。

なぜなら・・・