■戦争も戦争の傷痕も体験せず、湾岸戦争をテレビ画面で見た世代にとっての「わたしたちの戦争」。長く読み継がれる可能性をもった快作
そう、今、こうしている間でも、「戦争」は起こっている。そのことは、抽象概念としては「分かる」。だが、「感じる」ことはできない。
戦争のリアリティーは、本作でそうであるように、何らかの機関が巧みに隠蔽している。それは、「事業」「政治」としての戦争を遂行しやすいからでもあり、同時に、隠蔽される側もそれを望んでいるからだ。
リアリティーの欠如を隠れみのに、私たちの日常の中で、「見えない戦争」は、ずぶずぶと浸透していっているのかもしれない・・・
本作を読みながら、その現実の不気味さに、あまり触れてほしくないどこかを、がっしりとわしづかみにされた思いがした。
著者は、1970年生まれであるが、私も含め、戦争の傷痕を知らずに育ち、湾岸戦争開戦の映像を映画のワンシーンを観るかのように観たすべての世代に突きつけられた刃のような作品であると言えるだろう。
■卓抜した文章力、構成力・・・重いテーマを読ませる力にも瞠目!
さらに本作の凄いところは、重いテーマを扱いながら、物語としての起伏に富み、作品の中を独自の時間と空気が流れていることだ。
作品としての「質」を担保するのは、なんと言っても、安定した文章力であろう。淡々と綴られるどこにでもある地方の町の描写からは、「僕」が感じる空気や風の音が伝わってくるようだ。語彙も文体もどこまでも平明であるが、言葉のひとつひとつが、見事に研がれている。
そして、ラスト。彼なりの生きることのリアリティーの「最後の砦」を賭けた「僕」の行為と結末は、切なく深い余韻を残す。
それにしても、凄い書き手が登場したものだ。三崎亜紀――この人の名を覚えておいて、絶対に、損はない。
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◆直木賞受賞の熊谷哲也、村山由佳らを輩出した小説すばる新人賞。他にもこんな受賞者が・・・
平成11年、『粗忽拳銃』で受賞した竹内真。『竹内真のホームページ』には、作品紹介のほか、フォトエッセイ、身辺雑記なども。
平成3年、涼州賦で受賞、チャイニーズ・ファンタジーの第一人者、藤水名子。『藤水名子 公式ページ』では、掲示板、メルマガも発行。。
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