■日常に突然発生した亀裂。その時、人は、語りの衝動に突き動かさせる。たとえ、相手に、伝わったかを確認できなくとも・・・
それは、言葉による「語り」の切実さである。
著者は、後書きでこう書く。
「永遠に続くかと思われた日常のなかに非日常性が忍び入ってきたとき、その出来事や対意見について、だれかに語りたくなるものだ。だれでもいい。だれかに」
7編の物語は、すべて、語り手の日常に突然発生した亀裂が「語り」を喚起させている。
思いもかけず、ヤクザに追われることになった男(『ラブレス』)、心から愛する人と引き離された少女(『ディスタンス』)、そして、突然、人類が滅亡の危機を迎えていることを知らされた人々(『入江は緑』『たどりつくまで』『花』『懐かしき川べりの町の物語せよ』)・・・
彼らは語る。
彼らの生が輝いた季節を、一瞬を。
忘れえぬ友人と過ごした夏、愛する人と紡いだ時間、終末を控えた街での出会い・・・。
そして、その「相手」は、すべて、その言葉が伝わったかどうか確認できない対象なのだ。
だれでもいい。だれかに。その言葉が伝わったかどうかが確認できなくてもいい。ただ、語るのである。
『ラブレス』の主人公は、返信するはずのない(もし、したとしても、自身はそれを受け取れない)かつての恋人に、語る。『たどりつくまで』のタクシー運転手は、部屋の観葉植物に向かって、語る。『花』の主人公は、「カウンセリング・ロボット」に向かって、語る。『懐かしき川べりの町の物語せよ』の主人公の少年にいたっては、はるか遠い未来、どこかの惑星に生きているかもしれない言葉を解する能力のある生命体に向かって語るのだ。
語る対象が特定できないからこそ、語りの切実さがより強調される。
多くの「昔話」には、矛盾があり、残酷さがあり、不条理がある。それでも、私たちの祖先が営々とその物語を語り伝えてきたのは、その切実さゆえではないだろうか。
そして、著者は、今、生まれる「昔話」=むかしのはなしを紡ぎ出したのだ。
と同時に、本作に流れる切実さは、言葉による語り、すなわち物語を紡ぐことで、現実とつながっていこうという著者の固い意志の表明でもあるようにも思える。
■滅びを扱った物語の、荘厳で圧倒的な美しさに、胸を打たれる。世代独特の終末観の影響を見るのも容易いが・・・
著者は、ある時は、アウトローな若い男になり、ある時はピュアな少女や少年になり、ある時は、孤独なタクシー運転手になり、ある時は、少々蓮っ葉な女性になる。その語り口の使い分け、その巧妙さは、脱帽というほかはない。
どの物語も、珠玉という言葉がふさわしい輝きに満ちているが、やはり、地球滅亡をモティーフにした4編に、著者の真骨頂が見られる。
破滅をひかえていても、入江は変わらぬ緑に輝き(『入江は緑』)、人は、美醜や性別にこだわり、哀しいほどに生きている(『ディスタンス』)。もちろん、これらの物語に、ゲーム世代独特の終末観の影響や滅びの美学への傾倒を指摘することもできるだろう。
だが、そんなこととはまったく関係なく、私は、ひたすら、著者が創りだした世界のきらめきに、荘厳さに、胸を打たれる。
最後に収められた『懐かしき川べりの町の物語せよ』の終幕、少年の記憶が、言葉が、物語が、どこかの惑星にたどり着くまで、宇宙の虚空をただ漂うシーンは、ひたすらに、ひたすらに、圧倒的に静謐で美しく、深い余韻を残す。
世代や嗜好にある程度関係なく、多くの方が、物語を読む悦楽に耽溺できる作品であると思う。ぜひ、ご一読を。
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著者が人気エッセイ「しをんのしおり」を連載している『ボイルド・エッグズ』は、日本初の作家・著者のための著作権エージェント。著者は、同団体主催の新人賞の審査員も勤めてらっしゃいます。
著者のファンサイトのひとつ。『ミラウシヲンユニオン』。女子高の秘密クラブのノリが楽しい。
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