『食べる女』
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■美食でないが、おいしい食事。特別スゴいわけじゃないが、気持ちのいい セックスが描かれた短編集
食べることとセックス――文芸評論家の斉藤美奈子女史は、以前紹介した『文学的商品学』の中で、「食べ物の描写は、男と女の距離を表す」という定義を打ち立てていたが、この二つがきわめて似通った性質のものであることは、多くの方が直感なさっていることだろう。そう、好みは十人十色、「美食」を追及すれば限りがないし、追及しなくても別に大きな支障はない・・・
この短編集には、「美食」ではないが、「おいしい」食事、そして、特別スゴい(いろんな意味で)わけではないが、「気持ちのいい」セックスが登場する。
不倫と仕事に疲れきって、ダウンしてしまった主人公のところに男が持ってきてくれた料理は、すみきったスープ、具だくさんのポトフ。その男とのセックスは、「テクニックもいやらしさもなかったけれど憂っとおしくなくてのびやかなセックス」(『台所の暗がりで』)、失恋をして北の街で暮らす主人公が、小さな居酒屋でほうれん草と舞茸のおひたしに舌鼓を打った後にするセックスは、「静かでなめらかで無駄がない」セックス(『北の恋人』)、表面カリッ、中身しっとりの太刀魚のムニエルを作ってくれた料理上手の中年男は、煮魚やミョウガとかき玉子の吸い物の話をしながら、ていねいにていねいに愛撫してくれる・・・(『闖入者』)