『ららら科學の子』
この本を買いたい!
ハードボイルドの書き手のイメージが強い著者であるが、98年に『あ・じゃぱん』でドゥ・マゴ文学賞を受賞、「ニッポン」という国の戦後史を見据えたスケールと奥行きのあるテーマ性とストーリー性をあわせもつ物語で新境地を開いた感がある。個人的に、今、もっとも注目している書き手の一人である。
(もっとも、ハードボイルド時代だって、大注目だったんですよね。私が知らなかっただけで・・・)
新作長編は、ある世代から上の方にとって、タイトルからして、かなりそそる。だって、この歌・・・
主人公は、少年の頃にアトムの洗礼を受けた全共闘世代の男である。政治の季節に青春を送った彼は、学生運動のさなかにほとんど不慮の事故とも言えるような殺人未遂を犯す。そんな折、偶然出会った中国人の男に「文革に挺身する紅衛兵の青年たちは、日本の同志たちと親交を深めたいと言っている」という言葉に乗り、中国に向かって密出国したのだ。
文革の嵐を、ソ連崩壊やベルリンの壁崩壊のニュースはもちろん、天安門事件の報ですら時間差で届く僻地の村でなんとかやりすごし、農夫として暮らしてきた彼だが、妻が家を出ていったことなどをきっかけに、帰国を決意する。
蛇頭になけなしの金を払い、密入国船で海を渡り、日本に上陸する男。
彼が、国を捨ててから、30年以上の月日が経過していた・・・。
当然、彼は、コンビニに驚き、牛丼屋に驚き、お台場に驚き、福沢諭吉の一万札に驚く。
「コンビニっていうのか、固有名詞かい、それ」「聖徳太子はどうしたんだろう。十万円札にでも昇格したのか」・・・
もちろん、ルーズソックスをはいた少女、髪を染めた女の子やピアスの若者にも驚く。
イデオロギーとまったく関連しない募金活動や、立て看板がなくなった大学にも驚く。
そう、彼は、浦島太郎なのである。しかも、乙姫さまに、玉手箱をもらわなかった浦島太郎なのである。彼の視線でみた「トウキョウ」の描写は、諧謔に満ちている(ちなみに、本作の出来は、97年~2001年。設定から思い起こさせられる北朝鮮拉致被害者帰国の以前である)。それだけでも、この値段の価値あり、というところなのだが、この物語は、断じて、「浦島太郎物語」ではない。むしろ、ある意味ではその逆なのである。