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恋愛小説のカリスマ、直木賞受賞! 『号泣する準備はできていた(2ページ目)

『きらきらひかる』『神様のボート』など、繊細で透明感あふれる文体で、恋に揺れる心情を描き出し、直木賞受賞が「遅すぎた」と思えるほどカリスマ的人気を誇る江國香織。彼女が支持される理由とは?

執筆者:梅村 千恵

■静かに、普通に、狂う女性たち。その狂気の素は多くの女性たちが・・・

 同作はじめ江國作品の中に流れる時間は、確かで、静かで、なだらかである。登場人物たちは、それぞれに、旧友と会い、姪の習い事についていき、昔の男とおでんを食べ、家の窓から近所の様子を眺め、飼っている犬のケアをしている。しかし、彼女たちは、絶望に揺れ、哀しみに溺れ、深い喪失感を抱いている。そして、それらの感情は、ふとした瞬間に、固く締めたはずの心の扉の隙間からこぼれだすのだ。

 その感情の流出は、けっして派手なものではない。他人が見たら気づきもしない小さくてささやかなものだ。
 だが、その瞬間、彼女たちは、確かに、日常を逸脱していく。そして、次の瞬間には、やすやすと日常に戻ってきたりする。

 そう、彼女たちは、静かに、普通に、狂っているのである。
 だから、怖い。不気味なのである。

 この怖さ、不気味さ、実は、身に覚えのある、近しい怖さなのだ。少なくとも、女性にとっては、いや、江國作品を愛する女性たちにとっては。
 おそらく、彼女たちは、狂気の素を飼いながら、日常を生きているのではないだろうか。
 江國作品が、多くの女性たちに支持されるのは、けっして、美しくて透明で、甘美なだけだからではないはずだ。

 さて、いつも思うのだが、男性は、彼女の作品をどう読むのだろうか。私が男性だったら、この作品集を読むと、「女の怖さ」を思い知ると思う。
 だって、夫との離婚を考えながら、夫の母と一泊旅行をして、温泉でごはんを食べている女(『洋一さん』姪っ子とピーチメルバを食べながら、男と別れた哀しみを反芻し、「自分の墓碑銘を考えている女(表題作)などなど、これって、設定だけで、かなり怖くありません?

 江國香織の描く女性は、たとえば、男性が心変わりをしても、直接的な復讐行為には出ない。出ないが、絶対、忘れない。何があっても、たぶん、忘れない。
 こういう女性こそ、男性にとって、本当の「悪女」ではないだろうか。
もしかすると、ほら、今、あなたの隣にいる女性も・・・

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