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『デッドエンドの思い出』 今年の収穫 恋愛小説偏

男性の進出が目立った2003年の恋愛小説だが、このビッグネームの会心作は、やはり見逃せない!正調ばなな節全開、哲学・メッセージが込められた「純・ばなな文学」のご紹介。

執筆者:梅村 千恵


『デッドエンドの思い出』
この本を買いたい!


■恋愛小説にも、男性優位の波が!その中で、あえて、「ばなな」 
 
 直木賞受賞の石田衣良、ミステリー界のアンファン・チルドレン乙一、なぜ今ごろ?ワンダー・ヒットの片山恭一、5年ぶりに「妖怪シリーズ」の新作を刊行した京極夏彦・・・・。今年の文芸界は、久々に「男性の年」だった。
 「女の天下」だった恋愛小説分野も例外ではない。くだんの片山恭一、『ラジオ・エチオピア』の蓮見圭一、『パイロット・フィッシュ』の大崎善生といった「遅れてきた恋愛三銃士」(と、私は勝手に名づけている。この方たち、実は、結構ベテランなのよね)をはじめ、映画とのコラボでブームを起こした市川拓司、ハード・サスペンス系だったはずの新堂冬樹まで、『忘れ雪』なんていう、激甘ラブものを書くし・・・。
 男性作家の視点は、「純愛」へと向かっている、と断言してもいいかもしれな い。

 本来なら、恋愛小説の「今年の収穫」は、このあたりを取り上げるべきなのだろうが、個人的に「遅れてきた恋愛恋愛三銃士」や市川拓司の作品は、片山恭一がギリギリのラインで、後は、どうも馴染めないのである。男性の考えている「ピュア」な女性って、こういう感じなの?ふーん・・・という感じがどうしてもぬぐえない。私がひねくれているだけなのか、読み方が浅いか、おそらく両方なのだろうと思うが、とにもかくも、こういう場で、彼らの作品について触れさせてことは、ご容赦いただきたい。

 前置きが長くなってしまったが、私が、今年の収穫として挙げたい作品は、よしもとばなな『デッドエンドの思い出』だ。
 一時代を築いた彼女に、「これが書けたので、小説家になってよかったと思いました」(帯より)と言われれば、私のようなミーハーにとっては、読まずにいられるわけはない。

■心の傷をささやかな出来事が癒す――正調・ばなな節全開!
 
 と、まあ、少々不純な動機で手にとったわけだが、読み進めていくうちに、ページを繰る指先から、よしもとばななの「感触」とでも言うものが、流れこんでくるような何感覚を味わった。それは、彼女の世界観に直に触れるような感覚、といってもいいかもしれない。

 収められている物語は、表題作はじめ5編。街で評判の洋食店の娘と街で評判のロールケーキ屋の息子の触れ合いを描いた『幽霊の家』、婚約者に裏切られた主人公の「逃避先」での出来事を描いた表題作などである。
相変わらず、一見、稚拙(名文というものに対するアンチテイゼ。これがテクニックなら凄いというほかはない)なのに、いや、それゆえに心のやわらかいところに自然にしみわたっていくような文章、作品の中に淡々と流れていく時間・・・いわば、正調・ばなな節である。

 収録された作品の主人公たちの多くは、大切な存在を亡くしたり、大切な存在に傷つけられりしたことによって、心の内に空洞を抱えこんでいる。そして、その空洞を埋めるのは、劇的な出来事であったり、突然の啓示だったりするわけではない。空っぽの部分を少しずつ少しずつ埋めていくのは、淡い関係性の人との会話だったり、食べることだったり、さささやかだけど、かけがえのないできごとの積み重ね――
 本書に込められた彼女のこのメッセージも、デビュー作『キッチン』から一貫している。
だが、私は、本作で、よしもとばななは、もうひとつ先の世界へといったでないかと感じたのである。それは・・・
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