ささやかな事件、ささやかな人々。なのに深く、痛い。物語構築に「異常性」を必要としない著者の凄みを実感
本当に、この作品、設定としてはきわめて地味なのである。にも、関わらず、堀田の人生をたどる杉村という強い個性がないのが個性とでも言うべき無色透明の男の足取りにしっかりと付き合わされてしまう。
そして、沁みる。
特に、堀田姉妹のありようは、兄弟・姉妹のいる読者にとっては、心の柔らかいところにグサリと来るのではないかと思う。
家族というひとつの船に乗って航海していても、姉妹や兄弟は、明らかに違う世界を見ているのだ。例えば、姉は、暗く思い「過去」を共有し、妹はそれを知らない。姉は、両親にとって「立て直した人生」の象徴であった妹をどこかで憎み、妹は、両親の「共犯者」「戦友」であった姉に羨望を感じつづける。その確執は、普段は、目立たないかもしれないけれど、けっして消えない。
それにしても、この著者は、もはや、物語世界を構築する上で、「異常性」を必要としないのだ。地味な設定ゆえに著者の堂々たる自信、凄みを感じずにはいられない。
「いい人すぎる」主人公たち。それゆえに「何かある」感。シリーズ第一作か?
ただ、主人公たちがあまりにも「いい人」すぎないか?という思いはかなり強く残る。
特に、杉村の妻・菜穂子。病弱で清楚。超・温室育ちで、カラオケも未体験!大金持ちの娘だけど、ブランド三昧でもなければ、嫌味なマダムでもない。デパートの外商より書店の外商と馴染みになる知性派。ここまでデキすぎだと、個人的には、うーん、共感できない。
彼女の夫であり狂言回しの役どころを担う、杉村も、あまりにもいい人すぎる。「逆タマ」という少々窮屈な状況を淡々と受け入れ、掛け値なしに妻と家族を愛しているのだから。作品の終盤で、堀田姉(聡美)の「杉村さんみたいに恵まれた人に、わたしの気持ちがわかるはずないわ!」という言葉を献上したい気持ちになってしまう。
それにしても、こういわれた後の反応が、また独特なんだよな~。この男。何かある、この男、いや、「杉村夫婦」には、まだ何かありそうな気がしてならない。これは、まったく勝手な予想だが、「広報室・杉村三郎シリーズ」第一作ではないだろうか。いや、そうあってほしい。義父の会長や、会長秘書の「氷の女王」など、物語がありそうな人物も散見されるし・・・。
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