『陰摩羅鬼の瑕』京極夏彦 講談社 1500円
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■待つこと5年、ついに見まえた「妖怪シリーズ」新作!
ファンにとっては、“待望”などという言葉では追いつかないであろう。切望、渇望の、「妖怪シリーズ」新作が5年ぶりに出版された。ああ、本当に、待たされましたよね~。
『姑獲鳥の夏』『魍魎の匣』『狂骨の夢』『鉄鼠の檻』『塗仏の宴』とシリーズをお読みの方には、いらざることだとは思うが、とりあえず、同シリーズの設定のご説明を。
舞台は、昭和28年前後、敗戦の荒廃からようやく立ち直ったかに見えるものの薄皮を一枚をめくれば、街にも、人にも、生々しい傷跡が見出せる時代。巷に起こる不思議な事件を、博覧強記の古本屋にして陰陽師の京極堂こと中禅寺秋彦が解きほぐしていく筋立てである。
本来であれば、未読の方のために、前5作のあらすじをかいつまんでご説明すべきなのであろうが、何せ、私の貧弱な筆力では、膨大なスペースを必要とししそうなので、ご勘弁願い、京極堂以外の主要な登場人物を紹介させていただくにとどめておきたい。
売れているとはいいがたい作家で、自己嫌悪が強く、とにかくネガティブなダメダメ系、関口巽。
元・華族の御曹司にして白面の美男子であり、傍若無人。人の記憶が「見える」という特異体質、唯一無二の個性は、「探偵」の榎木津礼次郎。
無鉄砲で、天邪鬼だが、意外にも几帳面で、繊細な感性も持ち合わせている刑事、木場修太郎。
ちなみに、中禅寺、榎木津、関口は、高校の同窓生、榎木津と木場は、幼馴染、関口と木場は、同じ部隊で生死をともにした戦友である。とまあ、レギュラー4人以外にも、個性的という形容詞では言い尽くせない癖の強い人物たちが登場して、次から次へと事件に巻き込まれるわけだ。
■既存ジャンルからはみだすその魅力。このシリーズそのものが、「ジャンル」
このシリーズの特徴としては、テーマを示すシンボルとして、タイトルに冠されている妖怪が登場すること、彼らの出自に関わる民俗学的知識をはじめ、世界各国の宗教や哲学、心理学、精神病理学にいたるまで、かなり難解な薀蓄が随所にちりばめられていることなどが挙げられるが、やはり特筆すべきことは、主人公である京極堂=中禅寺秋彦のスタンスであろう。
読者にはおなじみの「眩暈坂」をおおかた登り詰めたところにある古書店の書籍まみれの部屋にほとんど閉じこもったまま、安楽椅子探偵よろしく、どこまでもだらだらいい事件を「解決」するのであるが、彼は、単に真相を喝破し、「謎解き」をする。彼は、「憑きもの」を落とすのである。その言説によって、人を縛る迷妄を解きほぐすである。
もちろん、物語の大枠としては、「謎」があって、「答え」があるのだから、このシリーズは、ジャンル分けするとするなら、ミステリーだろう。
しかし、少なくとも、京極ファンにとっては、京極堂(=著者と見てほぼ間違いないだるお)の言説を骨格としてこのシリーズは、どんなジャンルにも分類されない「京極夏彦の妖怪シリーズ」という一つの独立したジャンルなのだ。