加熱するコンプリケ-ションの行方
「コンプリケ-ション」と総称される機械式複雑時計の進化も毎年楽しみの一つである。今年も主役の座をトゥールビヨン(重力によって生じる誤差の補正機構)が占めているのは変わらない。かなりのブランドから相当数のトゥールビヨンが発表されるようになった現在、2000年以前の頃のような稀少性は薄れつつあるが、この最高峰の複雑機構をいかにアレンジして新しいコンセプトを打ち出すかというメーカーの熾烈な開発競争からはまだまだ目が離せない。コンコルド「C1 トゥールビヨン」は、ケース側面にトゥールビヨンを配置した驚異の設計 |
シンプルウォッチやリーズナブル・プライスへの期待
数年前の一時期、ごくシンプルなモデルや、あるいはブランドの持ち味を再認識させるような正当派モデルがポツポツと現れ、それを「原点回帰への兆し」などと評したわけだが、その後、トレンドと呼べるような進展はみられないのは少々残念に思う。ブランドを連日回っていて、そうした時計に出会うこともたまにあった。奇抜なモデルの陰に隠れながらも、静かに個性を主張するシンプルウォッチは、貴重な一服の清涼剤になり、正直ほっとする。ここでいう「シンプルウォッチ」とは、2針や3針のベーシックな時計はもちろんだが、多機能でも機能やサイズを誇示せずに、シンプルで上品なデザインにまとめられたタイプの時計という意味でご理解いただきたい。1990年代の機械式時計復興は、ある意味でアンティークウォッチの再現でもあり、現時点の観点からすると「シンプルウォッチ」が非常に多く、機械式時計は時代にも流行にも左右されないタイムレスな魅力があると発見した人も多かったはずだ。ところが今は先端に走りすぎる傾向にあり、もう少しこうしたカテゴリーの魅力的な機械式時計があってほしいと願わずにはいられない。
機械式時計の全般的な価格高騰は今年も続いており、少々悩ましい問題だ。ふつうの工業製品なら、生産が軌道に乗れば価格は下がるのが常識だが、時計の場合は増産が価格上昇と結び付くという、一般人からすれば不可解な現象が起きている。機械式時計の復興を受けて開発や設備への投資をはじめ諸々のコスト高が原因という意見も聞かれるが、高価でも売れるという好調な市場に支えられた強気のビジネスという一面も否めない。
数千万円のコンプリケ-ションは言うに及ばず、たとえばステンレススティール製、自動巻きムーブメントのスポーツウォッチでさえ、ボリュームゾーンは50万円から100万円のあたりにシフトした感がある。30万円から50万円あたりのリーズナブル・プライスで善戦する著名な時計ブランドもあるが、全体からすれば少数派だ。価格が上がれば、当然ながら消費者はコストパフォーマンスをより厳しくチェックするようになる。価値に見合った納得価格の良品がもっと増えて欲しいと、これまた願わずにはいられない。
次回より、さまざまな観点からガイドが注目したブランドの新製品について具体的に紹介していく予定。乞うご期待。
撮影:小田昭二