ところで島根県の松江は、その昔、松平不昧公というお殿様が江戸時代を代表する茶人の一人だったこともあり、お茶の文化が今も深く根付いているようです。県内の様々なものづくり人を訪ねて回ったとき、「お茶飲む?」と言ってよく出てきたのはお抹茶でした。お碗を前に、最初はどうしたものかと躊躇していましたが、島根の人々にとって抹茶はそれほど特別なことではなく、昔からの日常的なことのようです。見ていると、お茶の淹れ方もずっと気さくでカジュアル。電気ポットからお碗に直接ジャーっと湯を注ぎ、使い込んだ茶筅でシャカシャカ混ぜて、はいどうぞ、と渡されます。一緒に食べるお菓子も、大きな大福だったり、おせんべいだったり。順番など気にせず、おしゃべりしながら、もぐもぐ、ゴクゴク。楽しいおやつの時間となんら変わりません。
島根のスーパーマーケットには、日本茶や紅茶と一緒に、抹茶も豊富に並んでいます。小学生でも、お抹茶を飲める子が多いんだとか。さらに、島根はみんなが普段から抹茶を飲むせいか、和菓子の種類が豊富で洗練されていることにも驚かされました。どこで食べても美味しくて、見栄えも大変美しいものでした。
おうちで楽しむお茶道具
そんなほのぼのとした島根の抹茶スタイルにすっかり魅了され、お土産に抹茶を購入した私は、気楽な自己流茶会を楽しむことにしました。抹茶茶碗など高価でなかなか買えませんから、とりあえず家にあったお碗をあれこれ試したところ、一番使いやすかったのが写真のもの。岡田直人さんという石川県小松の作家さんが作った、古いカフェオレボウルを写したものです。岡田さんは九谷焼の工房で長年修行された方でもあり、繊細できりっとしたラインに程よい緊張感があります。一応洋の器ですが、落ち着いたフォルムで無国籍な風格があり、和の道具ともよく馴染むように思います。茶筅の長さともぴたりと合い、深さ加減が泡立てに丁度良いため、勝手に家用抹茶茶碗として愛用しています。(元々カフェオレボウルなので、飲みやすさの面でも使い良いのです)。
抹茶を入れる棗ももちろん持っていなかったので、少しアンティークな風情の瓶(実はフランス製のコンフィチュール瓶)に入れて、お茶道具としてみました。茶道の先生が見たら怒るかもしれませんが、瓶から緑色が透けて見えるのも、なんだか涼やかで好きです。茶筅と茶杓だけがかろうじて本来の道具ですが、家で飲むのであれば、自由に道具を見立てて楽しんでも良いように思います。
島根流なので、ポットから直接お湯をザーッと入れてお茶を点てます。今まで普段はコーヒーをよく淹れていましたが、この方法を始めてから、もっぱら抹茶を飲むことが多くなりました。なんといいますか、たとえ我流の簡略版でも、抹茶を点てる行為というのは、どこかすっきりと晴れやかな気分になり、心落ち着くものです。茶筅や茶杓を扱う行為に少し気を留めて、なるべくエレガントな動きになるよう意識を集中させると、気持ちがすっと静まって背筋が伸び、心身に良い影響を与えてくれるように思います。
そろそろ秋の気配を味わいたい今日この頃、自分らしい道具で、もっと気軽にお抹茶を楽しんでみてはいかがでしょうか。