2ページ目 【大統領制の安定性と不安定性】
3ページ目 【政治制度で民主性は決まらない】
【議院内閣制は中世からの制度】
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今回は、政治体制の話をします。王制、共和制で政治体制をわけることもありますが、今日、王制といえども世襲の国王が絶対的な権力を握っているのはごく少数で、あまり意味がないように思います。むしろ重要なのは、その国が民主的かどうか、というところが重要だろうと思います。
世界の政治体制は、大きく分けて、議院内閣制と大統領制にわかれるといわれています。首相が国のリーダーなら議院内閣制、大統領なら大統領制と思えばわかりやすいでしょう。まずは、議院内閣制からお話をしたいと思います。
議院内閣制の源流は、中世にあり
議会(国会)で最も大きな勢力をもっている政党のリーダーが首相となり、国政を動かすのが議院内閣制です。議会が首相を決定するわけです。日本は典型的ですね。西ヨーロッパの多くの国は、この議院内閣制を採用しています。
首相が内閣を作り、国政をつかさどる・・・これはもともと、中世からあった制度です。現代と違うのは、中世は国王が首相(宰相)を任命し、国王のしもべとして、国政にあたらせていたという点です。
で、18世紀のイギリスです。17世紀に二度の市民革命がおこり、議会主義が定着していました。国王は次第に「君臨すれども統治せず」つまりシンボル的な存在になりつつあったのでした。
それでも、首相や大臣は国王が好きなように任命していました。ま、これは現代でも形式は変わらないのですが(日本でも首相を任命するのは形だけですが天皇ですよね)。その18世紀、長きにわたって首相をつとめていたのがウォルポールという人です。彼の時代、国王が英語を話せない(!)ということもあり、首相の権限は一気に高まっていきました。
議院内閣制の発祥は一人の政治家の決断から生まれたものだった
このウォルポールが所属していたホイッグ党という政党が選挙で負けてしまい、彼は議会で「信任」を得ることができなくなりました。そこで彼は国王の信任があったにもかかわらず、首相を辞めてしまったのです。そしてこれ以降、イギリスでは議会の信任のある人、つまり議会の多数党の党首が首相になることが慣例化します。これが、議院内閣制の発祥といわれています。
ですから、よくいう「内閣不信任」が成立してしまえば、議院内閣制の主旨からいって、首相は辞め、内閣は総辞職しなければならないわけです。イギリスでは慣例となっていますが、日本など多くの国は憲法などでしっかり記載されています。
ただ、首相の「逆ギレ権」が許されていて、これが議会の解散権、日本なら衆議院の解散権ですね。「おれが首相にふさわしいかどうか、選挙で国民に聞いてみようじゃねえか」ということです。この解散権ももともと国王の権利で、イギリスでも日本でも、形式的には国王、天皇が解散権を発動しています。まさに議院内閣制は中世の遺物なわけです。