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ウイスキー&バー/ウイスキー&バーの美味しい話

思い出トランクに詰めた酒の話 第3話『グラスにゆらめく、ホテルカリフォルニア』

久しぶりの思い出トランク。あるボーカリストとの短い交流を描いてみた。この話の中に出てくる、声楽家の錦織健氏がかつておっしゃった、「ウイスキーのような歌い手になりたい」はこのトランクの宝物のひとつ。

協力:サントリー
達磨 信

執筆者:達磨 信

ウイスキー&バーガイド

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ロッカーのハイボール

5、6年前のこと。短期間だがT君という若者と飲み仲間になった。知りあったのはとあるバーだ。酔った彼はデュワーズのハイボールをビールのようにガブ飲みしていた。
バーテンダーが「その一杯で今夜はおわり」と宣告すると、「ハイ」と素直に返事をする。そして途端にチビチビと貧乏くさい飲み方をした。私は面白い奴だな、と興味を抱いた。

ハイボール
T君はいつもハイボールをガブ飲みしていた。
それからはよく出会うようになる。T君はインディーズ・バンドのヴォーカルで、CDを出している。大学を中退してフリーターをしていたが、就職をしたばかりであることなどを知るのに時間はかからなかった。
私は以前、ディマジオ社のギターのピックアップの広告制作をやっていたことがあり、T君の音楽話に多少なりとも付き合えるオジサンだった。いつも彼はハイボールをガブガブ飲み、熱く話し、私はシングルモルトをゆっくりと嘗めながら聞き役に徹した。

一度だけT君のライブへ行った。オジサン客は私ひとりだった。ステージの彼は格好よかった。何よりも歌がうまい。ハスキーでセクシーな声で、イケメンで、なんでメジャー・デビューできないんだろうと思ったほどだ。

卒業のシングルモルト

何日か後、バーでT君と出会った。彼は「ライブなんか絶対来ないと思ってた。ジャケット姿のオジサンがいるからすぐわかったよ。笑いそうになっちゃった」といつになくはしゃいでいた。
その夜、T君はシングルモルトについて教えてくれと言って、私のすすめるままに飲んだ。ストレートで飲む彼に「少し水を足したらいい」とアドヴァイスしても「ノドによくないんじゃないか。いい声しているんだから」と心配しても、「関係ないっすよ。強い酒飲んでも、大声張りあげてタバコズバズバ吸ったりしなきゃ平気っす」と取り合ってくれない。
あまりにも私がしつこく心配するので、彼は「もういいっすよ。もうバンドは卒業。最後のライブと決めてて、そんで招待したんだ」と怒ったようにきっぱりと言った。

客はいつの間にか私たちふたりだけとなり、閉店まで1時間半もあるというのにバーテンダーは扉に鍵をかけた。3人のバーテンダーはT君の卒業祝いに飲もう、と言って着替え、カウンターに座った。(次頁へつづく)
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