男の腕時計/スイスの老舗高級ブランド

ブレゲ(Breguet)の「マリー・アントワネット」復刻

歴史的な傑作時計の中で最も謎に満ちたブレゲの「マリー・アントワネット」。2008年にその復刻版が発表されると、大きな反響を呼んだ。行方不明になっていたオリジナルも発見され、興味が尽きない。合わせて新作も紹介。

執筆者:菅原 茂

ついに発見!?ブレゲ(Breguet)伝説の時計「マリー・アントワネット」とは

以前欧米で話題になったサスペンス小説がある。「The Grand Complication」と題されたその小説は、主人公の図書館員が、ブレゲの伝説の時計「マリー・アントワネット」の盗難事件にまつわる謎解きに挑む非常に興味深いストーリーだった。

マリー・アントワネット復刻版
現代の最高峰の時計技術を結集し、オリジナルを細部まで完璧に再現した「マリー・アントワネット」懐中時計、ブレゲNo.1160。2008年発表

実際、「マリー・アントワネット」と呼ばれる「ブレゲNo.160」は、始まりからして謎に包まれていた。「マリー・アントワネット」とは、もちろん18世紀のフランス王妃その人のことである。ドレスからジュエリーに至るまで、ありとあらゆる物に最高の贅沢を極めた彼女は、当時パリで名声を誇った天才時計師アブラアン-ルイ・ブレゲの崇拝者であり、彼が作った最先端の革新的な時計をいち早く所有していたことで知られる。

そんな王妃自身の注文によるのか、あるいは彼女を敬愛する高位の宮廷人が彼女へのプレゼントを目論んだのかは、諸説があって定かではないが、1783年にブレゲの工房に使いの者が訪れ、当時知られるあらゆる機能を搭載し、最高の仕上げを施したまたとない時計の製作を依頼したという。

製作にあたっては、いくら費用や時間がかかろうともかまわないというのだから、法外な注文だったことが知れる。おそらくアブラアン-ルイ・ブレゲ自身も最高傑作を作る意気込みが十分だったはずだ。しかし1789年にフランス革命が勃発し、ブレゲもスイスに難を逃れたために製作は中断する。

それからほどなく王妃も処刑されてしまう。時計が完成したのは注文から44年後の1827年。王妃がこの世を去ってから34年が経ち、アブラアン-ルイ・ブレゲ自身もその4年前に亡くなっていた。結局引き取り手は現れず、1867年までブレゲ家の私財として保管された。

その後幾人かの所有者を経て、有名なブレゲ時計のコレクター、デヴィッド・ライオネル・サロモンズ卿のもとに渡った。1925年に彼が亡くなると、家族がその遺品を受け継ぎ、1960年代にイスラエルのエルサレムに設立されたL.A.メイヤー記念イスラム美術館に寄贈された。しかし、この「マリー・アントワネット」を筆頭とする最も貴重なブレゲ時計の数々が、1983年に何者かによって美術館から盗み出され、長らく行方不明になっていた。

ところがである。さるイギリス人のコレクションの中に「マリー・アントワネット」と思われる時計が発見されたという、驚くべきニュースが報じられたのだ。どのような経緯でこの人物が所有するにいたったのか、それがはたして本物の「マリー・アントワネット」であるのか、ますます謎が謎を呼ぶ展開となった。ちなみにブレゲ社により、本物であることが確かめられている。

ブレゲ社が「マリー・アントワネット」の再現に挑戦

現代のブレゲ社は、そんな人類の遺産にも等しい傑作時計が行方不明になっていることを残念に思い、その復刻プロジェクトを2005年から密かに進めていたという。いよいよ完成間近という2007年の終わりにオリジナルと思われる盗難品が見つかることとなるのだが、ブレゲ社は実物を一度も詳細に調べる機会はなく、過去のあらゆる資料に基づいて独力で完全な再現を試みたのである。

2008年4月、スイスの時計フェア、バーゼルワールドでその完成品が記者会見で披露されたが、これもまたオリジナルの発見と同様に衝撃的なニュースであったのはまだ記憶に新しい。

ブレゲ社の社長ニコラス G. ハイエック氏
ブレゲ社の社長ニコラス G. ハイエック氏は、バーゼルワールドの記者会見で「マリー・アントワネット」を披露
このレプリカは、機構はもちろんデザインや素材もオリジナルを忠実に再現したもの。直径63mmのケースは、当時の微妙な雰囲気を忠実に再現するためにイエローゴールドを特別な鋳型に流し込んで作られた。機構は、「ペルペチュエル」と称される独特の自動巻き機構をはじめ、時・分・秒の時刻表示、時・15分・分を打ち鳴らすミニッツリピーター、日付・曜日・月を表示する永久カレンダー、イクエーション(均時差表示)、パワーリザーブ表示、バイメタル温度計、独立作動センター秒針(クロノグラフの原型)、およびジャンピングアワーなどを備えている。

耐震装置やひげゼンマイなど、さまざまな部品の細部にもブレゲらしい技術的な特徴がある。また、1783年の注文の際に指定があったように、金属部品の多くがゴールドで作られている。さらに、時計を収めるボックスは、王妃にちなんでバラの花をデザイン。素材も、王妃ゆかりのヴェルサイユ宮殿に植えられていたオーク材が用いられている。

時計ボックス
「マリー・アントワネット」を収める豪華なボックス
アブラアン-ルイ・ブレゲの時計技術のパノラマを見る思いがするほどの機能を満載し、ロッククリスタルのガラスを用いたシースルー仕様でその全容が見渡せるこの時計は、さながら時計技術における金字塔だ。

しかし彼と自身のブランド名を時計の歴史に記すことになったトゥールビヨン機構を装備していない。網羅するなら、加えられて当然とも思える画期的な発明を搭載しなかったのは、もちろん、オリジナルに忠実という大原則を守ったからである。注文を受けて製作を開始した1783年当時にアブラアン-ルイ・ブレゲはまだトゥールビヨンを発明していなく、1795年に考案、1801年に特許を取得した。新しく発明したトゥールビヨンも搭載しようとすると、設計図から何から何まで一からやり直さなくてはならないという経緯があった。

「マリー・アントワネット」は、現在のところ1点のみが完成したばかりで、これを展示したり、市販する予定はないという。2点目以降が完成したなら、それもありうるかもしれないが、今のところは想像の域を出ない。オリジナルといい、レプリカといい、これほどまでに想像力を刺激するミステリアスな時計がほかにあるだろうか。

ブレゲのクラシカルな新作!気になる評価や価格は?

バーゼルワールドにおける話題は、なんといっても「マリー・アントワネット」が独占した感があるブレゲだが、新作も豊富に発表。そのいくつかを紹介しよう。とくにブレゲらしい伝統を伝える、その名もずばり「クラシック」と呼ばれる気品豊かなコレクションである。

ブレゲ「クラシック」 ブレゲ「クラシック ミニッツリピーター・パーペチュアルカレンダー」
左:ブレゲ「クラシック」。自動巻き。イエローゴールド・ケース。ムーンフェイズ、日付、パワーリザーブ表示付き。378万円。右:ブレゲ「クラシック ミニッツリピーター・パーペチュアルカレンダー」。手巻き。ローズゴールド・ケース。ミニッツリピーター、パーペチュアルカレンダー付き。3255万円

まずは、「クラシック」。パワーリザーブ、ムーンフェイズ、ポインターデイト式の日付表示を備えるこのモデルは、18世紀の有名な自動巻き時計「ブレゲNo.5」のデザインに通じるデザインに特徴がある。ギョーシェ彫りの文字盤やブルースティールのブレゲ針など、いかにもオーセンティックな表情に深い味わいがある。

ハイエンドの複雑時計ならではの醍醐味を堪能させるのは、「クラシック ミニッツリピーター・パーペチュアルカレンダー」。文字盤の基本的なデザインにはいま取り上げた「クラシック」に近いものが感じられるが、レトログラード式の12か月表示を含むパーペチュアルカレンダーの各表示のレイアウトがなかなか凝っている。

これに時刻を音で告げる複雑機構の最高峰のミニッツリピーターを融合したところに、ブレゲの誇るワザがよく表れている。これもまた18世紀から19世紀の複雑時計に通じるものがある。

ブレゲ「クラシック クロノグラフ “コラムホイール”」
ブレゲ「クラシック クロノグラフ “コラムホイール”」。手巻きクロノグラフ。ローズゴールド・ケース。エナメル文字盤。474万6000円

同コレクションの中でも異彩を放つのが「クラシック クロノグラフ “コラムホイール”」。渦巻き状の赤いタキメーター・スケールがじつに印象的なこのクロノグラフのデザインは、1931年、ブレゲ社と親交の深かった自動車製造家エットーレ・ブガッティが購入したタキメーター付きクロノグラフからインスピレーションを得たという。また、クロノグラフの制御機構に、高級機種に採用されるコラムホイールが装備されていたり、味わい深いホワイトエナメル文字盤が用いられていたりと、時計好きには見逃せない逸品だろう。

【問い合わせ先】
ブレゲ/スウォッチ グループ ジャパン ブレゲ事業部 TEL03-6254-7171
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※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

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