「インセクト・ワールド」プロジェクトを追う<1>
日本最大規模の現代アートの祭典「横浜トリエンナーレ」が2001年9月2日から始まった。そのシンボル的存在が、椿昇+室井 尚の作品《インセクト・ワールド 飛蝗(ひこう)》だ。開催初日、一度その姿を見せたものの、台風や故障などのトラブルが続き、残念ながら降ろされていた。その巨大なバッタが9月23日、再び空中に浮かび上がった。体長約34メートル、この前代未聞の巨大バルーンが、どうしてヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテル(以下インターコンチ)の壁にはりつくことになったのか、どんな人がつくったのか、一体どうやって取り付けたのか。きっとドラマが隠されているにちがいない。どうしても知りたくなってしまった。再浮上する瞬間を見てみたい! 探っていくと、作者の一人が横浜国立大学の助教授であることがわかった。さっそく、その人にコンタクトをとってみた。そして、私は「インセクト・ワールド」に迷い込んでいった。
※この記事では、再浮上の場面(2001年9月23日)を速報でレポート!
巨大バッタ、再び空へ
9月23日14:40、インターコンチの屋上で、歓声が沸き上がった。椿と室井の表情に安堵と疲労の色が浮かぶ。「お疲れさま、お疲れさま」──ボランティアとして働いた学生たち一人ひとりに声をかける。室井が勤める横浜国立大学の生徒たちだ。「あぁ、終わった……」女子学生がつぶやく。握手を求めて男子学生が走り回る。誰もが空中に浮かんだ、巨大な緑色の物体を見つめていた。「こいつらがいなければ、この作品は完成させられなかった」と、室井も椿も口をそろえてそう言った。 作品名は『インセクト・ワールド 飛蝗(ひこう)』。空飛ぶイナゴだ。そして椿と室井は、毎日現場に現れていたインターコンチの施設担当副支配人と握手を交わす。バルーンを創った風船工房の皆と喜び合う。誰もがとびきりの笑顔を見せている。大人たちが、まるで小さな子どものような顔になっている。いたずらを成功させたような顔、とでも言おうか。
現れて、消えて、再び現れた巨大バッタ
ここに至るまでには、さまざまな難関があった。前人未踏の大きさ故に、失敗の連続であった。試行錯誤を繰り返しながら、巨大なバッタは、開幕日である9月2日の夜、一度はその姿を現したのであった。マスコミにも大きく取り上げられ、問い合わせが殺到。突然現れた大きなバッタに、それを知った誰もが驚いた。しかしその2日後、ハマの海風にあおられて、バッタと鉄骨をつなぐロープがぶちぶちと切れた。そしてバッタを支えていた鉄骨が見事に曲がってしまった。作業に関わった者は、皆、落ち込んだ。今までの苦労は何だったのだと。今ですら金策に苦労しているのに、また追加の費用がかさんでしまう。だが、彼らはあきらめなかった。
「前へ進もうとする気持ちが大切なのだ」椿は言った。「失敗してもいい、こんな大きなことをしようとした過程自体がアートなのだから」
ついに皆の期待を背負った世界一のバッタが、9月23日、再び空中に浮かび上がった。 下からは、たくさんの人が上を見上げている。突然現れ、突然消え、再び現れた巨大なバッタを見つめている。その勇姿を、いまかいまかと待ちわびていた人もいるだろう。この瞬間に、偶然通りかかった人もいるだろう。そんな人間たちの気持ちを知ってか知らずか、ホテルの壁にはりついた昆虫は、くりくりとした瞳で見下ろしている。ゆらゆらと触角がゆれ、まるで生きているようだ。どんな風にして、このバッタは生み出されたのだろう。
「インセクト・ワールド」プロジェクトを追う<2>巨大バッタ出現までの道
CGだけの世界だった巨大バルーンが、実現するまでの過程を追っています。
「インセクト・ワールド」プロジェクトを追う<3>巨大バッタ再浮上大作戦
トラブルを乗り越えて、バルーンが再浮上したようすを密着レポート!
【関連サイト】
インセクト・ワールド(サイトは閉鎖されました)
椿+室井のプロジェクトインセクト・ワールドの公式サイト。巨大バッタとともにふくらむ借金で苦しんでおられます。募金の受付が行われていますので、巨大バッタに共感した方は、ご協力をお願いします。グッズなどの販売も予定されています。また、「読み物」のコーナーでは『飛蝗』のスナップやスタッフたちの作業のようすなども見られます。
横浜トリエンナーレ2001公式サイト
開催場所や作家の紹介、関連するイベントガイドなどが見られます。
駆け足で見る横浜トリエンナーレ2001(非公開となりました)
とりあえずは横浜トリエンナーレの屋外展示を楽しもう!ということで書いた、横浜ガイドの記事です。