東京には空がない、と言ったのは高村智恵子だったが、日々、お疲れ気味の暮らしの中で、東京で大空を仰ぎたい、木々を感じたいと思うときもある。
そこで11月のある暖かな日、1日は東京の山をめざし、もう1日は海をめざし、小さな旅に出た。
どちらも都心から1時間以内。意外や意外、近くにパラダイスは存在したのだった・・・。
<東京の山>
霊気満山 天狗の住む高尾山
上りのリフトから後ろを振り返れば・・・。足元に網が張ってあるとはいえ、ベルトも無しに10分近く揺られているのは、なかなかにスリリングだ。特に下りは迫力2倍増し。 |
一帯は、「明治の森高尾国定公園」に指定されている。 「一木一草たりとも切るべからず」との保護にもとづき、深い山が保たれている場所だ。
な~んだ高尾山かと言うなかれ。高尾山は、もともと山岳信仰にもとづく霊場、修験道の山である(山で修行する山伏を想像してください)。
高尾山薬王院の山門(浄心門)には「霊気満山」という扁額がかかっている。
確かにここは、都内の小中学校の遠足のメッカ。中腹まではロープウェイやリフト で登れるし、茶屋など休む場所にも事欠かない。
しかし、山は山。だからこそ世俗に流されず、無欲で登りたい。
登山道は6つに整備されており、体力と条件に応じて選ぶことができる。
吊り橋のあるコース、滝のあるコース、そして陣馬山へ至る本格的なトレッキングコースもある。舗装された表参道コースに比べると、人の数も圧倒的に少ない。登り、下りどちらかだけでも、ぜひ、山道を歩いて自然を身近に感じてみたい。
修験道に学ぶ
瀧で水行・火渡りで火行 体験
根っことも思えぬ、「たこ杉」の根っこ。その昔、道普請をした天狗たちに因む伝説がある。傍らには、魚屋さんたちによる蛸供養の碑もあるのでお見逃しなく。 |
途中にある蛇瀧(じゃたき)と琵琶瀧(びわたき)では、いわゆる“滝に打たれる”水行の体験修行が行われている。
ある人の話では、女性の姿もかなり見かけるそうだ。
興味本位で参加することは控えたいが、自分を見つめ直すきっかけを探しているなら、参加してみるのもいいかもしれない。
修験道の基本は水行と火行(かぎょう)だそうで、「火」については、3月第2日曜日に「大火渡り祭」が行われている。
この日は、山伏に続き、一般の人も火渡りの行に参加できる。
これら修行の窓口でもある、「高尾山薬王院有喜寺」(たかおさんやくおういんゆうきじ:これが正式な名前)は、真言宗智山派の大本山。今からおよそ1200年前の奈良時代、天平16年(744)に、行基(ぎょうき)菩薩が聖武天皇の命を受けて開いたと伝えられている。最初のご本尊は薬師如来だった。
修験道の道場として繁栄をみたのは、その後、14世紀の南北朝時代。京都の醍醐寺から俊源というお坊様が入山して、不動明王の化身である、飯縄(いづな)権現を祀ってからのことである。
こうして高尾山は、薬師如来・飯縄大権現、そして不動明王の三尊が一体となった霊場になったのだ。
煩悩を振り払う!
男坂 108の階段
最初は威勢がよかった人も、「ねぇ、まだあるの~」と息もたえだえ。その分、上がりきったときは大いにうれしい。 |
薬王院をめざし、浄心門をくぐり、杉並木の中を少しずつ登っていく。
途中には、天狗様が腰掛けて行く人々を見守ってきたという、杉の木も。
やがて分かれ道にさしかかる。
左手が男坂。右手が、なだらかな女坂。
楽なのは女坂にきまっている。でも、ここは迷わず「男坂」だ。
私は、他でもよっぽどの理由がない限り、まず男坂を選ぶようにしている。勝手な思いこみかもしれないが、そうしないと何か本質に迫れないような気がするからだ。
しかし、この坂(正確には階段)は、かなりしんどかった! 振り返らず、足を止めず、ひたすら足を持ち上げる。
階段は数にして108。つまり除夜の鐘でもおなじみの煩悩の数。文言を唱えながら登り煩悩を振り払う、ここもまた修行の場なのである。
さて、息をはずませながら階段を上がると、やっとこさ四天王門。
大勢の人が、大天狗、小天狗の像と記念撮影している。
さらに仁王門をくぐり大本堂へ。
途中、権現茶屋で薦められたのが「権現力(ごんげんりき)」。高尾山オリジナルの健康ぶどう酢だ。ほかに18種類の野草をブレンドした健康茶「薬王院茶」も、試飲させていただく。 この茶屋では、先のぶどう酢をベースにした、ちょいと酸味のある権現力ソフト(350円)が人気のほか、薬王院の精進料理も味わえる。途中いろいろなお店があるけれど、ここにはぜひ立ち寄りたい。
社殿は江戸時代後期の作。 |
さぁ、さらにもう一がんばり、三十六童子像が見守る階段を上れば、御本社である飯縄権現堂だ。
飯縄大権現と書かれた額の右から赤い大天狗、左からは緑の小天狗が見下ろしている。
なんの説明もいらない。特別な場所に来たんだ、という感慨がわいてくるはずだ。
ここから山頂までは、奥の院を通り、もうひと歩きだ。途中、木々の間から、少しかすんだ山々が見える。あぁ、本当に山に登ってきたんだという実感が。
が、わーい!頂上だ!とバンザイするような感動のゴールを期待していると、意外にゴールはあっけない。
あれ?ここがてっぺんかな?と、広場でちょっととまどいながらも、茶店でビールで乾杯!
冬はちょっと寒いから、甘酒で、かな。
考えたら、林間学校以来、山を極めたことなんてないのではないか。富士山の5分の1でも、登頂した気分はなんともすがすがしい。
新年のご来光の前には、12月の冬至前後には、富士山のちょうどてっぺんに吸い込まれるように沈む夕陽(ダイヤモンド富士)を見られる日があるという。
季節を感じたくなったら、また、都心から一番近いこの天狗の住む山に足を運んでみよう。
●高尾登山電鉄株式会社http://www.takaotozan.co.jp/
●高尾山薬王院公式ホームページ http://www.takaosan.or.jp/